軽い振動音で目が覚めた。空気が辛かった俺は図書館についた後、大まかな集合時間を二人に伝えてそそくさと避難し、
本を読んでいるつもりが、そのまま暖かさで転寝してしまっていたようだ。
目の前の窓から、遠目に宇宙船が見える。
宇宙船を見ても俺が驚かないのは、俺の日常に宇宙船が組み込まれているからであり、それは長門からの情報に由来する。
この世界はある複数の世界と混成した、と。
その日から人類の技術は飛躍的に進歩していて、木星圏には行けるわ地下からビルが生えてくるわ。
挙句には人形が自我で動き、空を飛ぶ世界になっていた。
U.F.Oだの、アポロの月面映像は嘘だ等の議論は遠い遠い昔の話になっている。
そして何より、ハルヒや長門に姉妹ができていたのだ。
俺にとっちゃ、こんなに不思議な事はないね。しかもそれぞれ面白いほど似てやがる。容姿ではなく性格が、である。
どこの世界にもハルヒみたいなのがいるのか…そんな事を思ったもんだ。
「どこの世界にも、か…」
せっかく持ってきたこのSF本、長門に勧められてたのに読まずに寝ちまったな。
返す時またあの高い本棚に戻さなきゃならんのか、やれやれ。
そんな考えとは別に、モヤモヤしたものが俺の中でうまれていた。
「長門、ちょっといいか?」
駅での集合時間が近くなり、図書館を出たところで、俺はさっきうまれたモヤモヤを思い切って打ち明ける事にした。
さっき作ってしまった変な空気を払拭したいし、単純に興味もある。
「なに」
長門は図書館で借りた本を携えている。漆黒の瞳をこちらに向けた。
ついでに古泉も本を借りたらしい。ちょうどいい、こいつも知ってる事なら口をはさんでくれるだろう。
「あのだな、世界ってのはどのくらいあるんだ?」
…唐突過ぎたか。流石の長門も沈黙してしまった。
「それはこの世界の他に、という事でしょうか?」
俺はうなずく。古泉よ、今ばかりは正直、いてくれて助かった。
「情報統合思念体が把握している限りで数百万の世界がある。そしてそれは全てではない」
「ハルヒの妹達は俺達にとっちゃ異世界人なんだよな?それが何故、その子達の世界がこの世界と混ざる事になったんだ?」
「この世界混成は涼宮ハルヒ単独の願望ではない。別の存在によるものだと推測されている。動機は…」
長門はそこで言いよどんだ。
「どうしたんだ?」
「情報統合思念体も推測はしているが、不確定要素がかなり多い」
「いいさ、言ってくれ」
「ひとつは類似している性格の存在を姉妹にしようという意思」
ああ、それは多分当たってるんだろう。ハルヒの姉妹どころか、長門の姉妹も似てるんだから。
「もうひとつが、SOS団の規模を拡大、存続させるという意思」
なんだそりゃ。
「ああ、なるほど」
古泉が唸る。どういう事かさっぱりわからん。俺は長門に先を促した。
「これはあくまで推測。単なる偶然の可能性もある。涼宮ハルヒの性格に類似している存在は、そう珍しいものでもない。
しかしそこにSOS団の拡大、存続の意思を持つ涼宮ハルヒの願望が混ざり、惣流アスカラングレーと翠星石が涼宮ハルヒの妹になった。
レイ姉やルリはその意思に付随したもの、というのが情報統合思念体の今のところの推測」
ハルヒが妹にSOS団を継がせるってのか?それってもしかして頭文字がSだから?
「我々はもう、世界を大いに盛り上げる姉妹の団、と言ったところなんでしょうね」
そんな目で見ても座布団はやらん。第一手元にない。
それにしたって、無意識にしても、そんな理由でハルヒはあの子達を妹にしたってのか。無茶にもほどがある。
「わたしには、涼宮ハルヒともうひとつの存在に感謝という気持ちがある。レイ姉やルリに会わせてくれた」
「それも運命というものなんでしょう。もちろん、我々も含めてね」
さっきより自然な笑みを浮かべた古泉がそうまとめる。こら、こっちに向かってウィンクをするな。
…運命か。そんなもんかね。
その時俺の携帯が鳴った。ハルヒだ。時計を見ると予定の時間を過ぎていた。
おそるおそる通話ボタンを押して、耳から遠ざける。10センチ以上離していても何やら怒鳴り声が聞こえてくる。
息継ぎのタイミングを見計らって、すかさず謝った。
「あー、悪かった」
「ホントに悪いと思ってんの?古泉君がいるのに遅れるなんて、あんたがどーせ迷子にでもなってグズグズしてたんでしょ!
いい?これからは名札をつけなさい!迷ったら交番に行けばいいわ!探してもらおうなんて甘ったれてるのよ!」
よくもここまで勝手に決め付けられるものだ。しかし火にダイナマイトを放り込むわけにはいかない。
「昼はおごるから」
「当然でしょ?それが義務なのよ。義務を果たさないで権利ばかり主張しないでよね!それじゃあ早く来なさい」
電話は切れた。俺がいつ権利を主張したんだ。
「涼宮さんに物言いができる権利じゃないですか?」
そんな権利、いらんわい。今すぐオークションに出して1円でも売ってやりたい。
「これも、運命」
少し哀れみを含んだ長門の視線が痛かった。
「遅い遅~い!!」
駅が見えてくると、早速ハルヒが大声を出しながらブンブン手を振っていた。恥ずかしい奴め。
と、ハルヒの横に少女と少年が立っているのに気づいた。
「惣流アスカラングレー、涼宮ハルヒの妹。朝比奈みくると話しているのが碇シンジ。惣流アスカの同級生」
長門がこっそり教えてくれた。そうかそうか。何回か会ってたような気もするな。
それにしても碇君とやら、朝比奈さんとあんなに親しげに話すのはいただけない。
「会話の内容は、お茶のおいしい淹れ方」
そ、そうなのか。またしても長門が察してくれた。
確かにギラギラした感じじゃないしな。朝比奈さんを狙ってるなんて事はないか。
「遅れて申し訳ありません」
ハルヒ達の所に着くと開口一番、古泉が謝った。さすがの太鼓持ちっぷりである。
「いいのよ古泉君、こんなバカをかばわなくても。それにキョンはキョンなりに罪を償うつもりらしいし、それで許してあげるわ。
今日は次期支部団長の初お披露目なんだから、パーッといきましょ!」
「ハル姉のバカ!話聞いてんの?アタシは用事があんのよ!」
「用事って、二人でブラブラしてただけじゃない?シンジ君もただの荷物持ちなんでしょ?」
「む、それは…」
「それならアンタは次期支部団長として、合流すべきだわ!お金なら、わが団の団員がバーンと出してくれるから、安心しなさい!」
バーンと出す余裕などないんだがな。何とかひねり出すと言った方が正しい。
俺の意思はお構いなしに、姉妹のやり取りは続く。
「それに何よ、支部団長って」
「本部はわたしがいる場所に決まってんでしょ?わたしは院政を布くのよ。
卒業した後も北高のSOS団に指示しに行ってあげるから、感謝しなさい」
「ハァ?やっぱりハル姉、アンタバカでしょ!」
やかましい姉妹の口げんかが始まり、碇君と朝比奈さんがおろおろし始めた。俺は長門にそっと囁く。
「なあ、ハルヒはSOS団を継がせるつもりじゃなかったのか。あの様子じゃ卒業後も裏から操るつもりのようだぞ」
「…だから推測だと言った。今のも本音かどうかわからない」
なんてややこしいんだハルヒってやつは。メビウスの輪をこんがらがせたような性格しやがって。
「それだけ底が知れない大物、という事なのかもしれません」
「出たな、太鼓持ちめ」
「そこはご理解願いたいものです。我々とて、好きで神人と戦いたいわけではありませんから」
後ろから現れた古泉はそう言って肩をすくめる。いちいち恰好が決まる奴だ。忌々しい。
「涼宮ハルヒの思考全てはわからないが、ひとつ確実になった事がある」
「なんだ?」
長門は俺の目を見据えて言った。
「SOS団は、まだまだ無くならないという事」
…そうか。
「今、ホッとしました?」
やかましい、太鼓持ちめ。さてと、とりあえずはまだ続いているもっとやかましい姉妹の口げんかを止めるとするか。
財布の減量はもう覚悟済みだ。
なにせ俺は、SOS団の雑用係だからな。
慣れってのはやっぱり恐ろしいものなのだ。
おわり