「全く、翠星石のやつ!なんで私がこんなことを…」スーパーの食品売り場に、文句を言いながら買い物をするアスカの姿があった。「買い出しは翠星石の仕事じゃない」その買い出し係の翠星石は、今朝風邪を引いたのだ。冷蔵庫には、今晩の食材がない。となれば誰かが買い出しに行かなければならないのだが、ハルヒはSOS団の活動だと言って、アスカに全てを任せたのだ。「ハル姉はキョンって男とイチャイチャしてりゃいいわよ。それでそのまま帰って来ない方が、家が静かになってせーせーするわね」遠くでハルヒのくしゃみの音が聞こえた。「あ~、でもそうなったら食事係いなくなるわね。ま、その辺は翠星石にでも任せればいいか…」「あれ、アスカ?」突然声を掛けられ、ドキッとする。しかもそれはシンジの声だ。「珍しいね、アスカがこんなところで買い物なんて」シンジは人懐っこそうな笑顔で話しかける。「は~あ?何?私が買い物しちゃいけないっていうの?」「いや、そうじゃないけど…」アスカにすごまれ、シンジは思わず後ずさりしてしまう。「アスカが料理って、イメージになかったから…」「私を甘く見ないでよね、バカシンジの癖に。料理ぐらいこのアスカ様にかかれば、楽勝よ、楽勝」大見得を切って見せたアスカは、得意気に鼻を鳴らす。もちろんアスカは料理なんて一度もしたことがない。だがシンジはアスカの言葉に疑いを持っていないようだった。「へぇ~。じゃあ家でも結構作ったりするんだ」「あ、あったり前でしょ!ハル姉も翠星石も家のこと全然しなくて、私に頼ってばっかりで大変なんだから」ダラダラと背中に流れる汗を感じるが、もう後には引けない。「アスカは何か得意料理あるの?」「な、何だってできるに決まってるでしょ?…ち、ちなみにバカシンジは得意料理あるわけ?」シンジは「そうだなぁ」と少し考えてから、ハンバーグかな?と答えた。「好物だから、そうなっちゃうのかもしれないんだけど…」シンジは笑いながらそう続けた。「そう…ま、バカシンジの作るハンバーグなんて、私の足元にも及ばないけどね」得意げに話すアスカに、シンジは感心して頷いていた。「そんなに美味しいなら、今度食べさせて欲しいな」この言葉に、アスカの顔が壊れた。「バッ!なんでバカシンジに私が料理作らなくちゃいけないわけぇ!?バッカじゃない!!調子乗らないでよね!!」「ご、ごめん、アスカ!そ、そんなつもりじゃ!!」唾の掛かりそうな勢いで怒鳴られ、シンジはただただ平謝り。そんなシンジの姿を見たアスカは、腰に手を当て、「ま、まあ」と半音高くなった声で言葉を続けた。「ど、どうしてもって言うなら、気がむいたときに作ってやってもいいけどね」とりあえず怒りは収まり、ほっとしたシンジは「う、うん。ありがとう」と消え入りそうな返事をした。「ただいま~」「ひぃぃぃ~!ハル姉ぇぇ!!」ハルヒが帰ってくるなり、涙目の翠星石が抱きついてきた。とりあえず風邪は治ったようだが、いきなり抱きついてくるとは一体どういうことだ。一人で心細くて、甘えたくなったというわけではないだろう。それよりむしろ、何か恐ろしいものから逃れてきたような目をしている。「ど、どうしたのよ、翠星石?」「ひぃぃぃ!アス姉のやろうが、翠星石に未知の毒物を食わせようとするですぅ~!!」「毒物とは何よ!せっかく人がご飯用意してやったって言うのに!!」ダイニングから皿を持ったアスカが飛び出す。悪臭を放つ物体を乗せた皿を持っているが、それが翠星石の言うところの「未知の毒物」なのだろう。「それのどこがご飯なんですか!!アス姉は翠星石を謀殺する気ですぅ~!!」「人聞きの悪いこと言ってないで、さっさと食べなさい、この実験台!!!」「ひぃぃぃぃ!!」アスカは持っていた料理を、翠星石の口めがけて投げつける。とっさに翠星石はハルヒを盾にした。空を舞ったアスカの手料理は、不運にもハルヒの口内へダイブ。ごくり、と飲み下されるアスカの料理。家の中を、静寂が包む。ピクリともしないハルヒを不審がって、二人は恐る恐る顔を覗き込む。「ハ、ハル姉…?」二人が呼びかけた瞬間、バタンと糸の切れた人形のように、ハルヒはその場に倒れてしまった。「ひぃぃぃぃ!!ハル姉がアス姉に殺されたですぅぅぅ!!」「そ、そんなわけないでしょ!!じょ、冗談よね、ハル姉!!」「やっぱり毒物だったですぅ~~!!」「いいから早く救急車!!」その夜、ハルヒは近くの病院に緊急入院することになった。次の日の北高。今日は珍しく、ハルヒが休みか。迷惑が服着て歩いてるようなやつだ。たまに教室にいないぐらいがちょうどいい。これで今日一日は、普通の高校生活が送れるって言うものだ。とは言ったものの、ハルヒのやつ、病院の人たちに迷惑かけてないだろうな。それに、見舞いに行かなかったら、それはそれでうるさそうだ。仕方ない。帰りに様子だけ見に行ってやるか。
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