あたしはこれまで、重要な情報は持っていなくて多少はオロオロするものの、いつもキョン君を巻き込む側でした。それもこれも巨大な時空震を巻き起こした1人の少女、涼宮ハルヒさんを観察するために。そしてあたしのいた未来へ繋がる規定事項を確定させるために。
でも今はあたし、ホントのホントに戸惑ってます。いつのまに涼宮さんに妹さんができたんですか~っ!?それも2人も!聞いてないですぅ~!巻き込まれる側の心理が初めてわかった気がします。ごめんね、キョン君。今度はもっとおいしいお茶を淹れてあげるから。
あたしが初めて涼宮さんの妹さん─「アスカさん」と「翠星石ちゃん」─の存在を知ったのはいつものように部室で着替えている最中でした。突然ドアが開かれます。ノックをしないで開けるのは1人しかいません、涼宮さんです。
「おっはよー!みくるちゃん、まだ着替えてんの?紹介したい子達がいるから、さっさとして頂戴!」そう言いながら、涼宮さんの手はもう動いていました。あたしは服を脱がされ着せられ、あっという間にメイド服に。
「うん!今日も似合ってるわっ!みくるちゃん!」それを聞いてあたしは、今日は涼宮さんは機嫌がいいんだ、と察しました。普段なら絶対にそんな事言わないし、もしもキョン君があたしを褒めようものなら、たちまち古泉君に呼び出しがかかります。とりあえず上機嫌そうでよかった。そんな事を思っていると、
「アスカ、翠、入っていいわよ~」涼宮さんの呼びかけの後に、1人の女の子が入ってきました。赤みがかった金髪と碧眼。涼宮さんに負けず劣らずのスタイルです。そしてその手にはお人形さんを抱いています。
「ここがハル姉一味のアジトなの?ふーん・・・げっ、何これ!いかがわしい事してんじゃないでしょーね?」ナース服やバニースーツがかけてあるハンガーに反応するその子。よかった、常識を持っている子なのかもしれません。
「何考えてんのよ、それは主にここにいるSOS団のマスコット、朝比奈みくるちゃんが着る為にあるのよっ!」涼宮さんがバッとこちらに手を向けて紹介されました。その子の視線があたしに向きます。その瞬間、その子の顔が哀れみをもったような気がします。あたしも泣きそうになりました。
「朝比奈、さん?話は聞いてるわ、アタシはアスカ。よろしくっ」どう聞いてるんでしょうか。気になって仕方ありません。
「あの映画も見ましたよ。朝比奈さんの冒険でしたっけ?」えぇっ!あれを・・・「よくできてたでしょ!今度はもっと長編を作るのよ!」腕を組んで堂々と製作発表をする涼宮さん。あの、またあたし、出るんですか?「もちろんでしょ!みくるちゃんはマスコットなんだから」うぅ~、今度はもっと穏やかにお願いします・・・
「ハッハッ!そうそうイヤでもないんですね?朝比奈さん?」任務ですから、とは言えない。涙目で違うんです、とアスカさんに送っておく。多分通じてないだろうなあ
「そんなだからハル姉にいいように使われるんですぅ」一際甲高い声が響いた。あぁ、やっぱり通じてませんでした・・・あれ?今の声、誰?周りを1度見回してから、あたしはアスカさんの持っているお人形さんの事を思い出しました。
「あぁ、もう!じれったいですね!」確かにこのお人形さんから聞こえます。よく見ると瞳の色が違います。格好もどこかアンティークな感じ。それ、喋るお人形さんなんですか?それともひょっとして、アスカさんて腹話術師さんなんですか?
あたしが聞くと、涼宮さんとアスカさんは顔を見合わせました。なんなんですか?どうして顔を見合わせてるんですか?どうしてニヤニヤしてるんですか~!?
「このローゼンメイデン第3ドール翠星石に向かって、それとは何ですかっ!無礼にも程があるです!」そう言って、アスカさんの腕からピョーンと飛び降りたお人形さん・・・ふぇ?お人形さんが動いてる?アワアワ、こんなまっ昼間からこんなホラーに出合うなんて・・・
「こら人間!呪い人形を見るような目を即刻やめるですぅ!」わわ、見抜かれちゃいましたぁ、ごめんなさい「ぐぬぬ、ホントにそんな目で見てたですか!翠星石はほんの茶目っ気で言っただけですのにぃ!」「ほらほら翠、やめなさい?最初に人形の振りして驚かそうって言ったの、翠じゃん」アスカさんが止めに入ってくれて、助かりましたぁ。でもお人形さんには悪い事をしてしまいました。「そ、それはその…本末転倒というやつですぅ」あれ?なんだか急におとなしくなったお人形さん。なんだかほっぺも赤くなってて、かわいいです。
「どう?みくるちゃん、この子達を紹介したかったのよ。こっちが翠星石で、末っ子よ」末っ子?ふぇ?まさか涼宮さんの…?「ちょっと待ちなさいみくるちゃん、妹よ、妹!」「ハル姉、朝比奈さんてちょっと…」涼宮さんにそっと囁くアスカさん。なんだか視線が痛いです。「そうよ。そこが萌えポイントなんじゃない!巨乳でロリ顔で天然!おまけにコスプレまでこなすのよ?完璧よね」自信満々に答える涼宮さん。あたしは自信無くしそうです…
そこであたしはまたある事に気付きました。妹?涼宮さんに妹?初耳です。涼宮さんの事前調査報告書にもなかったし、あたしがこの時代に来て3年間余り、姿はおろか話にも聞いた事はありません。頭が混乱してきたあたしは、未来と連絡をとることにしました。ひょっとしたらいつの間にか世界が改変されていて、時間軸がずれているかもしれません。そうしたら終わりです。あたしのいた未来とは連絡がとれなくなり、救助を待つしかありません。涼宮さんの近くにいたのに、まったく気付けなかったなんて、情けないです。
「なにぼーっとしてんの?お茶、入れてくれない?みくるちゃんのお茶って、とってもおいしいのよ!」俯いて考えていたあたしの顔を、涼宮さんがのぞきこんできました。「翠星石もほうじ茶なら自信があるです!生憎ここにはほうじ茶はないみたいだから、勝負はお預けにしてやるですぅ!」「誰も勝負しろなんて言ってないわよ」後ろではアスカさんと翠星石ちゃんが漫才をしています。ふふっ、なんだか笑っちゃいました。
「こら人間、今度は笑うですか!言っておくですが、翠星石のほうじ茶の腕前は伊達じゃないですよ!ホントなんですぅ」ごめんね、さっきは怖がっちゃって。なんだかかわいくて。「!!こ、今度は褒め殺しですか、そ、そうは問屋がおろさんです」思いっきり効いてるようです。褒められて困るっていう所は、涼宮さんに似てる…だから姉妹に?
あたしは、とりあえずお茶を出す事にしました。その後頃合を見計らって、未来と連絡を取らなくちゃ。2人の湯呑がない事を涼宮さんに告げると、「そんなのどれでもいいわよ。また洗えばいいんだし。これとこれとこれ。はい、お願いね!」どれでもいいと言いつつ、キョン君の湯呑を残してあるのは偶然なんでしょうか。妹に使わせたくなくてっていうのなら…ふふ、やっぱりかわいい。
翠星石ちゃんの厳正な視線に晒されながら淹れたお茶は、いつもよりうまくできた気がします。はい、どうぞ。「ありがと。悔しいけど、お茶はみくるちゃんには敵わないのよね~」団長の机に座りながら受け取る涼宮さん。「あ、どうも…」湯呑を受け取り、何故か湯呑をクルクル回し始めるアスカさん。「アスカ、茶道じゃないんだから、別にそんなことしなくてもいいのよ」涼宮さんに指摘され、一瞬固まったアスカさんでしたが「し、知ってたわよ……アタシはクォーターだって事を朝比奈さんに知ってもらうためにわざとやったのよ」顔が真っ赤なアスカさん。すごく遠まわしなんですね。「アス姉、それは苦しすぎです…」違ったんですか。翠星石ちゃんはいつも古泉君がやるようなポーズで突っ込んでます。この2人はいいコンビですね。
「さあ、お手並みを拝見するです」真っ赤な上にカチコチになりながらお茶をすすっているアスカさんを横目に、翠星石ちゃんにお茶を催促されました。妙にライバル視されている気がします。「それでは、いただくです…」一口飲んで、目を閉じる翠星石ちゃん。味わってるんでしょうか、あたしもドキドキしてきましたぁ何秒経ったでしょうか、翠星石ちゃんは、カッと目を開きこちらを向いて一言「ほうじ茶じゃないから、わからんです」…ホッとしたような、がっかりしたような。体に入っていた力が一気に抜けちゃいました。
「何よそれっ、翠だってインチキじゃ~ん!」さっきの仕返しとばかりに口撃を始めるアスカさん。「うるせーです、でもまずくはないです。これならいいほうじ茶勝負ができそうですぅ」ありがとう、翠星石ちゃん。ライバル認定は困りますけど。
涼宮さんがネットに没頭し始め、アスカさんたちが古泉君のボードゲームで白熱し始める頃に、あたしはそっと部室を出ました。いつもならあたしも改変されてるはずなのに、今回は巻き込まれているだけ。キョン君の苦労が初めてわかりました。あたしは部室からある程度離れると、通信を開始しました。どうか知っている未来につながりますように、と祈りながら。
「大丈夫」後ろから突然声がして、あたしは心臓が止まりそうになりました。いや一瞬ホントに止まったかもしれません。振り向くとそこには長門さんが。長門さんがあたしに話しかけてくれるなんて、さらに衝撃です。「この世界改変は涼宮ハルヒだけの力ではない」こちらの事はお構いなしに、話しだす長門さん。って、えぇ!?ど、どういう事ですかぁ?
「古泉一樹の言葉を借りると、神は1人ではなかった、という事」淡々とものすごい事を言う長門さん。でも涼宮さんは…「3年前の情報爆発は確かに涼宮ハルヒ個人によるもの。そしてそれによってわたしやあなたはここに派遣されている」そうです、そういう事です。じゃあ今回の涼宮さんに妹さんっていうのは…?「涼宮ハルヒが、彼の妹を見てそう望んだ可能性はなくはない。しかし、情報統合思念体は違う結論を出している」彼…キョン君の事ですね。確かにキョン君の妹さんはかわいいですよね。あたしにも懐いてくれるし。この間なんて…「まだ途中」表情は変わらなくても、ムッとしてるのがわかります。ひぅ、ごめんなさいぃ
「いい」あたしが謝ると、今度はなんだかすまなそうな感じでそういう長門さん。あれ?なんであたしに長門さんの感情が読めるんだろう…
「今回の世界改変に伴う情報混合、創作を行った者達は7743、44923というコードで呼ばれている」そ、それって、沢山いるってことですかぁ?「そう。7743、44923は多種の世界を混ぜる事によって、新たな一面を見ようとしている。 情報統合思念体は自立進化の可能性として、こちらも静観する模様。他のインターフェイスが監察に出ている。」新たな一面…感情が顔に出る長門さん、見たいな感じでしょうか。なんだかややこしいですけど、長門さんはこのままSOS団に?「そう。あなたも恐らく」
ここで通信がつながりました。向こうは大して混乱しているようでもなく、あたしにはそのまま任務継続が告げられました。とりあえず不安はなくなり、あたしは胸をなでおろしました。
「今回の世界改変はわたしにも影響を与えている」再び長門さんが話し始めました。こんなに話したのって、初めてです。表情が読めたりしたし、影響っていうのはなんとなくわかります。なんだか苦手意識も消えそうです。「わたしにも姉妹ができた」今度はあたしの意識も消えそうになりました。でも消えません。長門さんの後ろに人影が見えるのがわかります。「姉の綾波レイ」「よろしく」「妹のホシノルリ」「よろしくお願いします」長門さんにも姉妹ができたなんて…ぺこりと礼をする2人はすごく肌が白くて、髪の色も薄くて、ホントに姉妹みたいです。
「朝比奈さんの事は、姉からよく聞いています」長門さんがあたしの事を?「感情表現が非常に豊かだと。わたしも会ってみてそう思いました」真面目な顔でルリちゃんに見つめられると、褒められてるのかわからない言葉でもなんだか照れます。「褒めてますよ?」この子、本当に1番下の子なんでしょうか、しっかりしすぎです。
「そうね、なごむもの」レイさんがボソッと呟きます。あ、レイさん、両目が赤いですよ。寝不足なんですか?よく眠れるお茶を出しましょうか?「…朝比奈さんて、天然なんですね」ついさっきアスカさんに言われたような事をルリちゃんにも言われてしまいました。じゃあ元からなんですか?うぅ、ごめんなさい…「いいわ。セカンドと違って、トゲがないもの」セカンド?野球をやった時に聞いたことがあるような…「エヴァンゲリオンのセカンドチルドレン。わたしの同級生」エバンゲリオン?知らない単語がどんどん出てきます。「レイ姉はエヴァンゲリオンというロボットのパイロットだったんです。わたしも戦艦のクルーでした」ロボット?戦艦?長門さん、大丈夫なんですかぁ?あたし、戦えませんよ~
「あなたはみくるビームが出せるわ」「レイ姉、それは映画の中の話です」「…そう」ルリちゃんに突っ込まれるレイさん。何で悔しそうなんですか?ていうか、長門さんもお姉さん達にあの映画見せてたんですか…恥ずかしいですぅ
「大丈夫。元となっている世界がわたし達のいた世界。そういうものとは基本的に無縁なはず」そ、そうならいいですけど…基本的にって事は…
「安心して、わたしがさせない。それに、わたし達の住んでいる家が、涼宮ハルヒ達の家の隣になった。 より身近で監察が可能。よって、どんな事にもすぐに対応できる」…キョン君が長門さんを頼りにしている理由がわかりました。すごく頼もしいです。あたしももっと頑張らなくちゃ。
「もう全員部室に集まっている頃」あたしが密かに意気込んでいることは知らずに、長門さん達は部室に向かって歩き始めました。その時、あたしはふと気になることを思い出して、長門さんを呼び止めました。
「何」レイさんとアスカさんが同級生。涼宮さんと長門さんも同学年ですよね。「そう。その点は改変されていない」じゃあどうして姉妹の順番が逆なんですか?長門さんが長女なはずなのに…「…」あれ、なんだか困らせちゃったかな、長門さんならスラスラ答えてくれると思ってたんですけど…「それは、禁則事項」両目を開けたまま、唇に人差し指を当てて、そう言った長門さん。無表情に見えるけど、無表情じゃないですよね?それを証明するように、すぐに向こうを向いて、部室に向かって歩き始めました。きっと照れてたんですよね?
あたしは長門さん達に追いつきながら、長門さんに対する苦手意識が完全に消えていることに気づき、この世界はこの世界で楽しいかも、と思い始めていました。涼宮さんの影響、受けちゃったのかもしれません。
あたしにも姉妹、できないかなぁ?
完
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