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遙かなる時空の中で5

制作:コーエーテクモゲームス
公式サイト


製品概要

タイトル 遙かなる時空の中で5
ジャンル 恋愛アドベンチャー
対応機種 PSP
定価 通常版:5,800円(税込6,090円)、トレジャーBOX:12,800円(税込13,440円)
発売日 2011年2月24日

要点

  • 本作は乙女ゲーにも関わらず、リアルにいる男性に受けしやすい女主人公設定にしたらしい
  • 発売当初は特に目立った選評も来ず、せいぜいがっかりゲー止まりだと判断され一度は選外へ送られたが、トンデモ要素を集めたwikiが作られたり、葬式スレが2桁を超える等の反響を見て再度検証が行われ、めでたくエントリーとなった。

戦闘やシステム詳細は遙かなる時空の中で5 補足

選評

選評1

システムは快適
悪い意味でいつもの遥か
つまり溢れんばかりの昭和臭、主人公に対する失笑を誘う為か?と思わせる時代錯誤な美辞麗句は満載
導入部が冗長すぎて投げそうになる
全体的に3を意識した感じというか、ドラマチックに盛り上げるから泣いてね!!って感じだが
新味がなく陳腐で安っぽさに拍車がかかって、ここで盛り上がって!って部分になればなるほどウヘア感
悪い意味での韓流っぽさも感じた

キャラ造形は
主人公は色んな属性ぶっこみ過ぎて破綻してる
行き過ぎた天然にイラッ☆っとするが、乙女ゲーでは良くあること…かも…?
攻略キャラは上にも書いた、時代錯誤な美辞麗句でおだて上げて欲しい人には向いてるかも
問題は弟キャラ
ストーリー上の問題になるけど、この子の扱いがちょっと酷すぎると思う
敵対する理由がすごいまっとうだし、一応の救済ルートがあるけどあれって救済になってるか?
ああ、いつもの肥商法で半年位したらボイス追加版がでて、一年位で攻略可能キャラ増やした
完全版が出るんですね、分かってますよ

3人くらいやってこんな印象
本当に悪い意味でいつもの遥かとしか言い様がなく感じました
今のところシステム面は問題ないし、あくまでも好みの問題って話になるんじゃないかな
声優変更とか延命に必死だけどシリーズとして限界なんだと思う
主人公含めキャラ被りしないように頑張りすぎてキャラ崩壊or既存のキャラの劣化コピーだし
自分はうんざりしちゃったんで値崩れ起こす前に売ってきます

選評2

2008年、4作目がノミネートされたことは記憶に新しい。
それから3年後、満を持して発売され幕末を舞台にした『遙かなる時空の中で5』は、またも乙女ゲーマー達を
阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ。

キャッチテーマは「大切なものを、この命で守る」。
しかし当の主人公はフェンシングの心得があるにもかかわらず、刀を持った相手に対して丸腰で前に出る。
守りたいと思う割には努力もしなければ不用意に立ち回り周りを巻き込む。おまけに反省もせず同じことの繰り返し。
仲間を傷つけたり殺したりした黒幕に向かって、自分には優しくしてくれたから信じたいと言い出す。
大した理由もないのにあらゆる人から雪やら蝶やら花やらと賞賛されるが、それをさも当然のことのように受け流し、
攻略キャラクターが迫って来ても照れも恐縮もしない。
十代後半にして「お家」「お花」「お散歩」「妖精さん」といった言葉遣い。
年相応の常識が欠けている。
突然自室の前に置かれていた差し出し人不明の花束を見て、「妖精さんがくれたみたいで、何だかうれしい」と
言い出す。

選択肢の意味が無い。例えば、序盤で
→「もう寝る」
→「まだ起きてる」
という二つの選択肢が出てくる場面がある。イベントを回避するために 「もう寝る」を選んでも、
「…やっぱり眠れない。ちょっと起きてお外に出てみよう」
と主人公が勝手に動き出す。
選択肢を選ぶ場面の多くが、この例のようにプレイヤーがどの選択肢を選んでも同じ展開を迎える。

一部の攻略キャラクターは、選択肢を選ばずとも勝手に好感度が上がって行くお手軽仕様。
国の存亡を懸けた重要な会談では主人公の腰に手を回し、告白し、周りの歴史人物もナンパしてくる。
志を持つ攘夷志士がいながら、現代図書館に行かなければ政を上手く運べない。
史実の人物を攻略キャラクターにしたことが全く活かされていない。

一度クリアした章をやり直せるシステムを搭載しているにもかかわらず、6章までクリアするとそれ以前の章
には戻れない。
以降は7~10章を延々とやり直すだけ。見逃したイベントがある場合はまた最初からレベルを上げ、長った
らしい章をやり直さなければならない。
個別ルートに入ると突然深い仲、フラグもクソもない。共通章がひどく長い割に、個別ルートは短い。
EDでは、その時代に大きな使命を背負ってるはずのキャラが簡単に主人公と一緒に現代に来てしまったり、
何の説明も無くいきなりEDでは現代に攻略キャラが主人公の前に現れ、勝手に感動の再会になっていたりと
プレイヤー置いてきぼり状態。
一部攻略キャラの展開が、以前の同シリーズ内の展開と酷似しておりテジャブを感じる。

ボイスは従来の仕様通り、このご時世にフルボイスではなくパートボイス。
場面が切り替わらないのに突然ボイスがなくなるということもしばしば。決してバグではない。
ボイスがない場面とある場面の比率は約8:2といったところか。
主要人物が死ぬ場面でもボイスがない手抜きっぷり。

あまりのひどさに途中で中古店に走るプレイヤーが続出。

また、敵方に主人公と親しい人物がいるにもかかわらず、どのEDでもその人物がどうなったのかは放置プレイ。
しかも一万円以上する限定版にはその謎が解けるCDが付属されている始末。
通常版を買ったプレイヤーは怒りを覚えたに違いない。

目立ったバグがあるわけではない。絵や音楽やシステムは及第点である。
しかしこの破綻したシナリオとキャラクター造形、
そしてユーザーをなめきった商法、
いかにユーザーを驚かせるか、楽しませるかでは無く、いかに安く作るか、手を抜くかに心血を注いでいるかが
分かる仕様、発売日当日に説明書が引き裂かれた中古が1700円で売られていたことは大手社の没落として
乙女ゲー史に残ることとなるだろう。

これら全てを加味した上で、“クソゲー”の称号を心から贈りたい。

選評3

2008年、乙女ゲームの老舗 コーエーから「遙かなる時空の中で4」がまさかのクソゲーオブザイヤーに参戦した
当時の衝撃は記憶に新しい。
それから3年たった2011年2月24日
再び、コーエーからたくさんの乙女ゲーマーを阿鼻叫喚の渦におとし入れる作品が遙かシリーズから生み出されて
しまった。
その名も「遙かなる時空の中で5」

乙女ゲームとは、プレイヤーの分身でもある主人公を通じて選択肢やコマンドで行動を選び目当ての男性キャラと
恋愛をするといったものが基本だが、この作品にはその主人公がプレイヤーに反旗を翻すという信じられない事実が
プレイヤーを待っていた。
まず、「選択肢」というものが機能しないのだ。
つまり、ほとんどの選択肢がどれを選んでも同じ結果となり、行動に反映されないのである。
プレイヤーが「もう寝る」という選択肢を選んでも、「やっぱり眠れない、起きてお外に出てみよう」と全く違う
方向へと勝手に主人公が動き出す。

18歳にもなって「お家」「お城」「お散歩」「お花」「妖精さん」と幼稚園児のような言葉を使ったり、
自室の前に置かれた差出人不明の花束を見て「妖精さんがくれたみたいで、なんだか嬉しい」と思うようなプレイヤーは
いるのだろうか。
キャラからたくさんのプレゼントを「一つだけでも受け取って」と言われた際、邪魔にならないかもという理由で
手鏡を選んだり、「この話は内緒にしてください」と言われて「嫌だと言ったら?」と返したり…主人公の極悪っぷりに
唖然とするプレイヤーも多数だった。
このようにプレイヤーにもキャラにも失礼なことを主人公がしていても、キャラから何故か褒められ、好感度はあがって
いくのだ。
さらに、非攻略対象キャラですら初対面で「恋仲にならないか?」とナンパまがいのことを言ってきて、エサに群がる
コイのように主人公に男たちが言い寄ってくるのである。
そして、勝手に好感度があがっていったキャラ達にささやかれたり、迫られても、主人公は照れることなどなく、
どこで鍛えたのか分からないスルースキルを発揮する。
彼女は人ではなくただのフェロモン発生機なのかもしれない。

これだけでも「主人公とは何なのか」「これは恋愛なのか」と深く考えさせられる出来なのだが、驚くことにこの作品は、
「主人公の物語」と称される共通ルートが全体の3分の2を占める。
時間に直すと、10時間~15時間ほどは共通ルートなのだ。
他のゲームならばキャラとエンディングを迎えていてもおかしくない量を使って異世界と言う世界観を説明してくれる
丁寧さに飽きたプレイヤーも多発した。
ちなみに、この共通ルート内で起きる恋愛イベントには失敗はなく、どう転んでもキャラの好感度はあがっていき、
考えなくても男がおちる易しい難易度に設定されている。
ここまでくると、神子を守る八葉というよりは、フェロモンに充てられた信者と言っても過言ではない。

そして、共通ルートを終えた後、ゲームのメインであるはずの恋愛ルートにいたるのだが、とても短いので、どうして
主人公を好きになったのかが描かれておらず、分からない。
今までフラグが立ったそぶりの無かったキャラからも、ルートに入った途端いきなり腰に手を回されたりと、超展開に
発展するのだ。
もちろん、主人公はいきなりそんなことをされても嫌がったり、照れたりもせず、「きょとん」としているだけなのである。
挙句の果てに、とあるキャラからに至っては「どうして落ちないの?」とすら言われてしまう始末。
さらに、エンディングまでいっても、主人公の口からキャラに対する想いが伝えられることがない哀れなキャラもいた。
キャラ達の独り相撲を見ているようで、だんだん悲しくなっていく切ない作品である。

遙かシリーズと言えば、和風ファンタジーを売りにしていて、歴史的に有名なイベントがシナリオに取りこまれている
こともある。
遙か5も舞台は幕末、八葉にも歴史上の有名人物がたくさんおり、思想の違いなどを売りにもしていた。
さらに、マイナーな歴史人物も登場していたため、期待した歴史好きもいただろう。
しかし、いざ、蓋をあけてみると主人公のためなら葛藤することなく簡単に志を捨てれるような信者ばかりだった。
局中法度を破った者を裁こうとしない新撰組、薩長同盟という歴史的多舞台でナンパ大会を繰り広げる攘夷志士なんて
数ある作品の中でも稀なことこの上無い。
しかも、政を成功させるために、現代の図書館に歴史を調べにいくイベントまで発生する始末で、歴史好きは大いに
涙を流したことだろう。
内面も問題だらけだが、坂本龍馬が土佐弁をしゃべらない、英国人がアメリカ英語を話す、あなた平安時代の左近衛府少将
ですよねと外見的特徴にも違和感を抱くことだらけで、歴史上の人物を取り上げる必要はあったのだろうかと疑問に感じる。

シリーズものといえど、時代のニーズに合わせてキャラを作り、システムを向上させていくが、流石老舗、昔ながらを
そのまま踏襲している。
なんとフルボイスが多いこのご時世でも、未だにパートボイスで、全体の2割ほどしか声が収録されていない。
また、恋愛イベントの際にボイスが入るわけでもなかったり、突然ボイスが消えたりすることもある。
加えて、口をパクパクさせているのにボイスがない仕様なため、バグだと勘違いした新規ユーザーも多数いたようだ。
残念ながら、ボイスがないのはバグではなく仕様である。
キャラデザやシナリオ展開も過去のシリーズをプレイした人なら昔を思い出させてくれることだろう。
簡単に言うと、手抜きである。

シナリオも完結している、絵も骨折なんてしていないし、音楽も雰囲気を壊すようなものはない。
PCが壊れるといったパンチをきかせたバグもない。
しかし、選択肢に全く従わず恋愛をしない主人公、勝手にあがる好感度、図書館に歴史を調べに行く歴史上の人物…、
デジャブを感じる…と、シナリオとキャラクターの積み重ねでここまでプレイヤーをガッカリさせたこの作品を
『正統派クソゲー』と評したい。

乙女ゲームの祖であり老舗のコーエーの新作が、発売日当日に説明書が破かれた状態の中古で1700円で売られていたという
乙女ゲーマーの叫びから目をそむけてはいけない。

選評4

2011年2月、10年度のksg大賞の選考が揺れる中
新たなスレが登場した「遙かなる時空の中で5 葬式会場」である。
板創設以来の盛大な葬祭に、嘲笑する者も純粋に悲嘆する者も並んだ。
もはや信者もアンチも常駐するksgハンターたちも楽しかった日々を振り返る他なかった。
そのように多くの乙女ゲーユーザーを巻き込んだ一大悲劇「遙かなる時空の中で5」は、
「いのちの儚さ」を見事に表現した。盛者必衰の理をあらわす。
本作の攻略対象よりも誠に武士らしい老舗の貫禄であった。

シリーズ共通の要素である怨霊との戦闘は、簡略化が計られた。
画面が90年代に跳躍したかと錯覚するようなMAPを歩き、
顔絵が描かれた板に守られながら戦闘を繰り返す。
武器レベルを上げるためには、ある程度戦闘の数をこなさなければならないが、
上記の条件に加えて、未攻略対象の武器レベルがカンストする仕様や
特性であった陰陽五行も一人三種類まで宿せるようになった仕様により、
ターン制戦闘は簡略化もとい形骸化した。

いや、しかし、それは今に始まったことでもなかったか。
ましてや「遙かなる時空の中で」は純粋なRPGではない、乙女ゲームである。

その乙女ゲー的要素に関しては、
プレイヤーや主人公の意とは他所に、花が咲いたようにハーレムが広がる。
落とそうという気概は必要ない。恋とは落ちるものではなかったのか?
残念ながら「遙かなる時空の中で5」においては周りが勝手に恋に落ちる仕様である。
パラレルと言え歴史上の傑物たちが春爛漫とした齢十六の娘に踊らされる。
幕末の志士と手を携えて、世界を救うと勇んだプレイヤーたちは撃沈していった。

いや、恋愛だけが乙女ゲーではない。
シリーズ10周年のテーマである「大切なものを、この命で守る。」重厚なテーマだ。
しかし大切なものを守った結果、八割方のEDでは後ろめたい終わり方をする。
長時間プレイした末に、この有り様である。それを悲劇と呼ぶか、
命を掛けても守れないものがあると悟るか、中古屋に持って行くか、
まさしくプレイヤー次第であった。

思い返せば十年を経て得たものはシリーズへの愛と憎しみ、そして自嘲するスキルだった。
『あの頃はすべて良かった‥』
ダウナー系クソゲーとして「遙かなる時空の中で5」が語り継がれても何ら不思議はないだろう。

選評5

そのジャンルのパイオニアがクソゲーを作るわけがない。
そんな風に多くの人が無意識のうちに信じていた常識が崩れかかったのは
何年前のことであっただろうか?
乙女ゲームの金字塔として、かつてこの業界の揺るぎない大手・古参ブランドとして
その名を轟かせてきたコーエーの看板に陰りが差してきた。
「遙かなる時空の中で4」
「金色のコルダ3」
これらのタイトルはクソゲーかどうかはともかくとして、シリーズファンの間では
賛否両論、様々な議論を呼んだ最新タイトルである。
そしてネオロマファンの間でその議論の嵐がようやく去りかけ、ファンも疲労を隠せない中、
ついに発売されたゲーム「遙かなる時空の中で5」……それは“仏の顔も三度まで”という言葉通り、
ファンを三度目の地獄へと叩き落とすタイトルとなった。
頭の中が幼児レベルの主人公、過去作品の使い回しグラフィック、PS時代を彷彿させる陳腐なマップ、
簡略化されすぎて動かない怨霊と、動かないキャラの立ち絵が並べてあるだけの戦闘画面、
過去作品との既視感を感じさせるキャラデザ、過去作品を焼き直したシナリオ、意味のない設定の数々…
挙げればキリのないクソ要素の中でもとりわけ目立つのが主人公の奇行である。
主人公と言えばプレイヤーの操作キャラクターとして最も身近な存在なのは周知の事実だが
この遙か5はその身近な存在を、「今の僕には理解できない」謎の存在として昇華させた。
選択肢に従わず勝手に行動し、それで危機に陥れば他力本願、叱られても反省しない。
更にその主人公のウザさを更に引き立てる黒龍の神子。彼女はこの電波と呼んでも差し支えない主人公を
「私の天使」と本気で信じており、主人公に対して男が近寄ろうとすれば怒り、軽率な行動を注意すれば怒り、
いわゆる神子同士の爽やかな友情を望んでいた層や百合好き層にも「これは違うだろう」と背を向けられる
まったく誰得な存在と化してしまった。

では男性キャラクターはどうなのかというと、彼らはほとんど主人公に一目惚れをしていたり
プレイヤーの預かり知らぬところでフラグを成立させ、「大切なのは過程ではなく結果」という
恋に落ちるまでの過程を楽しみたい層をことごとく蹴散らす仕様となっている。
それは過程の見えないプレイヤーからはさながら新興宗教のようにも見え、うすら寒さすら感じる

軸となるストーリーも幕末が舞台であるにも関わらず、大胆すぎるアレンジによって歴史上の
人物を攻略キャラとして登場させたわりに薩長同盟などの重要なイベントは「神子がいたから解決した」という
神子無双状態であり、なぜ幕末なのかという疑問ばかりが残る。
更にキャラクターも一部、歴史上の人物に申し訳がないと思わないのかと考えさせるようなキャラもいて
子孫の方々にも申し訳が立たないとファンに言わしめるほどである。
高名な自分の先祖がストーカー気質やら小娘一人のために易々と局中法度を投げ捨てるキャラにされて
不快な気持にならないだろうか…という配慮は一切なかったということだろう。
さて、ここまでクソゲー要素を色々と並べてきたが、一番いただけないのは主人公の唯我独尊っぷりだと
最後に紹介しておきたい。
まず主人公の弟だが、彼は時空の神によって作られた世界に生まれた存在で主人公のせいで
自分の存在が消えることを知って主人公と対峙することになる。しかし主人公は別に弟を救いたいとか
そういうことはほとんど考えずに「そこをどいて!」と言い放ち、大抵はどのルートでも消えた弟について
特にフォローはなしである。そして攻略キャラである時空の神は、本来戦国末期に主人公が神子として
召喚される予定だったのに、召喚途中に時空の狭間を通った主人公がその神に助けて助けてと連呼したせいで
主人公を助けてしまい、神自らが戦国時代へと飛ばされ、そこで呪詛にかけられ幕府のために働かされることになる。

そんな時空の神も主人公と対峙しラスボスとなっているのだが、主人公のためにそんなハズレクジを引かされた相手に
「あなたに消えてもらうしかない」という選択肢を選ぶと、当然ながら相手も「君を消すしかない」と
戦いを決意するのだが、それに対する返答は「…ひどい…」である。自分で相手に消えてほしいと言っておいて
相手も同じことを言えば「ひどい」という主人公はなかなかお目にかかれないだろう。
ついでに言うと、この神とフラグを立てた場合、彼が他の攻略キャラの兄を殺したにも関わらず、
「あいつは俺の兄を殺した」「でも私を助けてくれたもん」と肉親を殺されたキャラに対する心遣いは一切ない。
これで心優しい龍神の神子という設定なのだからもう笑うしかない。
かつて乙女ゲームの一時代を築いたコーエーだが、このゲームをプレイしたファンはどう思ったのだろうか。
度重なるグラフィックの使い回しや、再三言われてなお実装されないフルボイス。
薄いと言われればお得意の追加ディスク商法で何とかなると思っているのかもしれないが、
このゲームはそんなちゃちな方法で改善できるような単純なものではなかった。
主人公はもうマイナス要素の塊であり、これにどんなものを掛け合わせようが、所詮マイナスにしかならないのだ。
しかも主人公の存在があまりに大きすぎて忘れがちだが、攻略キャラの薄っぺらさ、奇を衒いすぎたキャラのキモさ、
選択肢の意味のなさ、幕末ゲーとしての意味の無さ、戦闘のつまらなさ、個別ルートの短さと隙のないクソゲー要素は
逆に主人公一人をどうにかしたところでどうにもならないという事実も暗に示している。

選評6

『遙かなる時空の中で』…このタイトルを知らない人は、乙女ゲー板には少ないはずだ。
乙女ゲーの先駆者であるコーエーが看板にしている、和風乙女ゲーシリーズである。

思い起こせば、クソゲーの予兆は随所にあった。
遙か5体験版は『遙か4愛蔵版』の購入者のみしか体験できないという、斬新な殿様商売。
体験版とは購入を迷っている人がお試しでプレイする物だと思っていたが、そんな常識はコーエーには通用しない。

そして迎えた発売日。ユーザーの前に現れたのは、『遙か5』という名のクソゲーであった。

まず特筆すべきは主人公『蓮水ゆき(通称ゆき様)』の存在である。

資産家の娘として育ったゆき様は、プレイヤーたちとははっきり一線を画した存在である。
躾が厳しかったはずなのに、一方で自由に育っていたらしいゆき様。
フェンシングの達人のはずなのに、ほっそりとして小柄な体格なゆき様。
相反する特長を無理やり詰め込んだキャラ、それがゆき様なのである。
八葉と歴史上の偉人はもちろん、神ですら一目惚れする。
プレイヤーが「行く」を選ぼうが「行かない」を選ぼうが、「やっぱり放っとけないよ」と走り出す、それが聖女たる
ゆき様の選択。
さらにはほとんど全てのスチルに登場。しかもゆき様中心のスチルばかり。

ゆき様はプレイヤーたちが自己投影することなど畏れ多いような、完璧ヒロインなのである。

しかもゆき様は、カプ萌派にも大変厳しい。
ほとんどの恋愛イベントを真顔でやり過ごすスルースキル。
愛の告白にも初キスにも気がつかない不自然なほどの鈍感さ。
仲間を殺した相手を「本当は良い人なの」と言い張る頑固さ。
切り捨てられそうな人を見ると、「やめて!」と言い放ち棒立ちに立ちはだかる考えの足りなさ。
「お家」「お花」など、何にでも『お』をつける言葉遣い。
「誰も犠牲にしない」と言いながら、兄弟同然に育ってきた者たちを犠牲にする傲慢さ。

書き連ねれば切りがないほど、正に「女性に嫌われる女性」を体現したかのようなキャラなのだ。
現に、発売から一月足らずで嫌いなヒロインスレのトップに躍り出ている。

攻略対象と個別シナリオも悲惨の限りを尽くしている。
  • 本来一番有名な坂本龍馬は空気。史実エピは全てゆき様の偉業扱い。
  • 年上従者の瞬はゆき様のためなら実の弟を「始末しておけば良かった」と言い出す下僕。
  • 沖田は新撰組から脱走した同志を処刑しておいて、自分は「ゆき様が好きだから」と新撰組を抜ける。
  • チナミは記憶喪失→いつの間にか治ってました。
  • 福地は史実の人物である必要性皆無の変態ストーカー。
  • 小松は恋愛脳な最年長。
  • サブキャラの桂と西郷まで、薩長同盟の場面でゆき様をナンパし出す始末。
  • アヘン戦争を、ウイットに富んだ話題と勘違いしているKYなサトウ。ゆき様もその会話を楽しんでいらっしゃるご様子。
  • 国の行く末を決める重要な会合にて、ゆき様の腰に手を回し「ご覧の通り(今はラブラブ)だ」と言い出す高杉。
この他、ガチレズ都、頭から鎖が生えた宰相天海、前作までの声優を姑息にあてがわれているが存在する意味が
わからない四神と、一人としてまともな者などいない。

更に色を添えるのが、パートボイスならぬポイントボイス。
声付き恋愛イベントが始まっても、突然イベント中に声がなくなるという不思議設計。
口パクは継続するので新規ユーザーは混乱する。
バクではありません。これがコーエーの仕様です。
もっとも、恋愛イベントが始まる頃には、ゆき様も攻略対象もシナリオも苦行となり、
「早く終わらせたい」という気持ちで一杯なので、それほど不満は感じない。

どう足掻いても絶望…これをクソゲーと言わずして何と呼べば良いのか。
アンチの工作と決めつける前に、現実を直視するべきだ。
大きなバグはない。システムに大きな不備もない。
ただ、主人公・攻略対象・シナリオ全てがクソなのだ。

本体破壊やシステムバグだけがクソではないことを私たちに思い出させてくれた『正当派クソゲー』、
それが『遙かなる時空の中で5』である。

選評7

「遙かなる時空の中で」シリーズ
乙女ゲームの元祖、老舗であるコーエーが発売した、乙女ゲーの中ではトップを争う知名度の高い作品である。
2008年KOTYに、そのシリーズの4作目「遙かなる時空の中で4」がノミネートしたのは記憶に新しい。
そして、老舗に恥ずべき失敗は1度で終わることは無かった。

乙女ゲームの発売がほとんどなく暇な状態が続いた、2011年2月、遙かシリーズ最新作「遙かなる時空の中で5」が
発売された。
これは、前作遙か4ですら楽しめた信者をアンチに変貌させるぐらいの問題作だった。

この作品がクソゲーだと思われる要素を以下に挙げる。

主人公

  • 選択肢の言うことをきかないことが頻発(選択直後の文ですら、「でも…」「やっぱり…」と選択肢と真逆の行動をとる)
  • 男性キャラに褒められたり、迫られたり、キスされたりしても、決して照れたりせず何事もなかったかのように受け流す
  • 主人公が攻略キャラに対して想いを伝えることが無い(攻略キャラに対して「好き」とはエンディングでも言わない)
  • 「皆を守りたい」といったことは口にするが、飛び出すだけで、途中で躊躇うなど結局は守られてばかり
  • 主人公を慕わないものは助けない(弟分にはどのルートでも最期まで手を差し伸べることはなかった)
  • 幼稚な話し方(オウム返し、お外、お城、お花など何かにつけ「お」をつける等)
  • 電波、お花畑思考(部屋前に置かれていた差出人不明の花を見て「妖精さんがくれたようで嬉しい」等)

こういったプレイヤーが共感できない、嫌いになってしまう要素がたくさん主人公に見られた。
その上、サブキャラも含め、過剰かつ不自然に主人公を持ちあげるシーンが目立つ(初対面でナンパ、普通の提案を
しただけで真の志士だと褒めちぎる等)ため、余計に主人公に対する嫌悪感、作品に対する置いてけぼり感を
プレイヤーは感じることとなってしまった。
乙女ゲームにおいて主人公はプレイヤーの分身にも近い存在なのに、主人公の言動とプレイヤーの言動が著しく
かけ離れているのは十分クソだといえる。

攻略キャラ

  • 攻略キャラの一人がストーカーで、終始、鼻息の荒い(主人公に声をかけられただけでハァハァ状態)
  • 主人公に絡む男に片っ端から噛みつく女キャラ
  • 実の弟が敵になっても全く動揺しないどころか「早く消しておくべきだった」とすら言ってしまう冷血な兄
  • お茶会の話題に、アヘン戦争を持ち出す男

攻略キャラ単体でも性格の悪さ、プレイヤーが好きになれない要素が目立った。
さらに、この板のキモメンスレにて攻略キャラ全員がキモメンとしてあげられるという快挙を成した。
乙女ゲームにおいて一番魅力的に見せないといけない攻略キャラに魅力を感じない人が多いというのは問題だ。

  • 土佐弁を話さない坂本龍馬
  • 沖田の結核といった病弱設定→作中ではただの風邪扱い
また、このように、幕末モノとしてお約束とも言える定番設定を理由もなく全て削ってしまったので、幕末好きは涙を呑んだ。
  • 八葉は8人中7キャラ、過去作あるいは、同社他作のキャラと似たデザインと、キャラデザ面でも手抜きかつ、シリーズファンほど受け入れにくい見た目でもあった。

シナリオ

  • 共通ルートが全体の3分の2(プレイ時間10~15時間)と大変長い上に半分はお使いシナリオと冗長気味
  • 個別ルートに入った途端、攻略キャラの態度がカップルのように変化、恋愛過程が描かれていない
  • 主人公に惚れた理由も描かれていない、描かれていても一目惚れや最初から好きだったといったもの
  • 攻略キャラが死ぬ→ループして話をやり直す→生存 といった話の金太郎飴化
  • 一部の個別ルートのシナリオは過去作のシナリオと似ていて新鮮味がない
乙女ゲームのメインである恋愛要素が薄っぺらく金太郎飴、使い回しかつ、無駄が多いシナリオで退屈してしまう
プレイヤーが続出した。

  • 女キャラとの百合展開シナリオ
男性キャラを攻略するのが目的の、乙女ゲームとして地雷と言えるのではないだろうか。
また、この女キャラを攻略しないと攻略制限が解除されないキャラがいるので悪質である。

  • 共通章から物語そのものにかなり食い込んだキーキャラについては、ほとんどのルートで完全スルー
  • エンディングを迎えると、主人公にとって都合の悪い設定(力を使うことで削られた命など)が理由もなく帳消しになる
  • 「命を削って大切な人を守る」がテーマだが、上記より削った命は理由もなく帳消しになる上に、大切な人を守らず守られてばかりな矛盾したシナリオ
これまでに起きたことと矛盾し意味をなくすようなご都合主義展開も多く、設定の管理が出来ていないのではと
思わせるシナリオだった

乙女ゲームの核である恋愛部分は少ないのに、無駄が多く、金太郎飴、設定も破綻したシナリオでどの方面から
見ても、褒められる点が全くない。
シナリオが最重要な乙女ゲームとして、シナリオが褒められないなんて、作品としてダメだろう。

さらに、
  • 幕末での歴史的イベントを成功させるために現代の図書館に歴史を調べに行くなど歴史上の偉人を軽視
  • 薩長同盟という重大な場で偉人の名前を冠したキャラ達が主人公へのナンパ大会を繰り広げるなど歴史的イベントすらも軽視
と、幕末好きになればなるほど怒り狂うシナリオだった。
幕末モノが舞台の作品なのに、歴史ファンすら支持しないとは、誰に宛てたシナリオなのか疑問に感じる。

スチル、グラフィック

  • 攻略キャラのスチルに置ける主人公の登場率は8割以上な上に、目測でスチル面積の6割は主人公
  • 主人公の顔が攻略キャラの顔に被ること多数
と、キャラよりも主人公が目立ってしまっている。
プレイヤーは主人公目当てでプレイしているのではないのをメーカーは分かっていないのだろう。

  • 背景の書き込みがないものが全体の8割
  • 戦闘画面に現れる怨霊は全て過去作の使い回し
  • あるサブキャラのエンディングスチルは別スチルの主人公とキャラの部分を切り抜き
と、手抜きも目立った。

スチルですら良い要素をあげることができず、クソな部分ばかりが目立つ。

戦闘

  • 全5種類の陰陽五行による各キャラの特性が、一人三つの特性をもつことが出来るため各キャラの特徴が薄い。(過去作では当然、一>人一つである)
  • 特にレベル上げに力を注いでいない未攻略対象の武器レベルですら楽にカンストするぬるい仕様
とゲームバランスも悪く、レベルなどは全部引き継がれるため周回すればするほど退屈になっていく仕様だった。

  • 過去作にあったモーションが無くなった
  • 過去作にあった戦闘用立ち絵もなくなり、今作の戦闘カットインは通常立ち絵の使い回し
  • 武器強化は無双(同会社別作品)の使い回し
と、5年以上前の過去作ですら出来ていたことも出来ておらず、使い回しが目立つというスチルに引き続き手抜きが目立った。

システム

  • 共通ルート内のキャラ攻略に関わる恋愛イベントは強制発生強制成功
何もしなくてもイベントが強制発生かつ強制成功で勝手に好感度が上がる仕様は、乙女ゲームとして破綻している。

  • 全体の2割以下しか声が入っていない
  • 無駄な演出が多い(マップ移動のたびに主人公の足元のカットイン+SE、声がないのに口パクなど)
必要なものには力をいれず、必要のない演出のみ力を入れているのがよく分かる。
また、無駄な演出のせいでテンポも悪くなってしまっている。

  • 6章以前には戻れない制限がある
  • 公式サイトでは「一度出現した章は章選択画面で何度でもプレイし直す事が可能です。」と書いてあるが、実際は出現した章でも戻れない章があると嘘表記
  • シナリオの最初から1キャラだけを追いかける一途プレイは非推奨(一途プレイだけでは攻略制限が解除されないキャラがいる)
一途プレイは非推奨なため、逆ハーよりになる中、主人公が照れたりせずに受け流すだけなので、主人公と
攻略キャラが「教祖と信者」化してしまっているのも、プレイヤーに気持ち悪さを感じさせる要因となっている

テンポも悪く自由度が低い、何よりも乙女ゲームとして破綻している部分もあるため、バグは無くても十分クソ要素と言えるだろう。

一つ一つを見ればクソさとしてはたいしたことない要素でも、まさに塵も積もれば山となる。
また、小さなクソ要素が互いに高めあってクソさを倍増させてしまっている
これだけクソさが大量に集まっていれば、耐えきれる人なんていないだろう。
むしろ、プレイすればするほど、小さなイライラが大きなイライラに変わっていってしまう。

その結果、本スレは葬式状態、その上、葬式会場(現遙か5アンチスレ)も出来るという、
シリーズファンですら受け入れられずそっぽを向かれる作品となってしまった。

ファンですら阿鼻叫喚の渦に陥れた、遙か5はありとあらゆる面でクソさを発揮した正統派クソゲーと間違いなく
いえるだろう。