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2010年――――それは新時代の幕開けの年でもあった。 それまで頂点に君臨し続けた女王QuinRoseは鳴りを潜め、今年はクソゲーのない平和な年になるのだろうかと誰もが 思った。 しかし、それはただ単にQuinRoseという防風壁がなくなっただけで、壁を取っ払ってみると様々な風がスレを 吹き抜けていったのだ。 発売延期を1年以上、計5回繰り返したにも関わらず、微妙な出来の絵に加えてシナリオもシステムも総じて悲惨な出来栄えの上、 開発元であるディンプルが破産し、タイトル通り全てをゼロにしてしまった『ラブルートゼロ Kisskiss☆ラビリンス』。 ご当地彼氏と銘打っていながらそれらしいことは方言や食べ物くらいでそれ以外はないに等しく、学校の敷地内のみで ストーリーが展開され、膨大な時間とお金をかけてプレイしなければいけない、新ジャンル着メロ乙女ゲーム『大和彼氏』。 初めての彼氏との淡い恋を楽しむというのは実は建前で、彼氏との初体験をどう過ごすかに重きをおいた、倫理観を 疑ってしまう『湘南★初カレDiary』。 そして、100章以上の壮大なストーリーと言われたそれは1章5分あるかないかで1キャラにつき10章というだけ、 「夜伽・夜伽・夜伽」などのトンデモ選択肢、鞍替え寝取られ必須の誰得展開で見事大賞の座に輝いた『天下一★戦国LOVERS DS』。 そよ風と思われいたそれが実は大型台風だと気付いた頃には既に遅く、スレには真っ白な灰になった住人達が残された だけだった。 そんな前年のKOTY審議真っ只中の2月24日、我こそはと門を叩いた来訪者にスレ住人は身構えた。 『遙かなる時空の中で5(遙か5)』(コーエーテクモゲームス) 2008年、前作『遙かなる時空の中で4』がノミネートとなったのは記憶に新しいが、またもや老舗コーエーテクモ ゲームスからの刺客である。 本作は幕末が舞台となっており、かの有名な坂本龍馬、高杉晋作、沖田総司などが攻略対象として名を連ねている。 また幕末と言えば日本の歴史が大きく動いた時代でもあり、様々なドラマであふれている時代でもある。 これだけ聞けば歴史好きには大変おいしい作品だが、蓋を開けてみればあらゆる箇所で常軌を逸していた。 坂本龍馬らは土佐弁ではなく標準語で話す、福地桜智は主人公のストーカーとなり物陰から追い掛け回す、結核で 志半ばでこの世を去ったことで有名な沖田総司は実はただの風邪だったなどはまだ軽い方である。 本作を語るにあたって、1番問題視されているのは主人公蓮水ゆきの存在である。 抱き締められてもキスをされてもほとんどが無反応・無表情で反応したとしてもとても薄い。 ドキドキの甘いシチュエーションのはずが一方的に愛を囁かれているだけで、ルートによってはこちらから1度も好きと 言わない雰囲気をぶち壊す態度や、襲われていた子供を助けた後「今晩、お姉ちゃんの幸せも神様に願っておくね」と 言われたその夜に「あの子、ちゃんと私の幸せを神様に願ってくれているかな? ふふっ、今夜はいい気分で眠れそうね。」 と思い返す悪人のような思考に『清らかな神子』設定を疑うプレイヤー続出。 幕末と現代を行き来するには白龍の力が必要であり、使う度に命が削られてしまうのだが、それを一切考慮せず 日本史を知らないので図書館で調べたいからという理由で現代へ戻るよう力を使わせるなど、本作のテーマ「大切な ものを、この命で守る」から大きく矛盾している。 また登場する人物のほとんどが彼女を盲目的に慕っており、どれだけ失礼な発言や行動を取ったとしても咎められる ことはなく、ある種の宗教となってしまっている。 彼女のためなら身内の命すら犠牲にする者もおり、様々な葛藤の末、敵となった実の弟に動揺はおろか手を差し伸べる ことすらせず、「早く消しておくべきだった」と言い放つ始末。その弟についての救済措置はないに等しく、そのまま エンディングを迎えた時はさぞ困惑したことだろう。 幕末を語る際に欠かせない薩長同盟などの重要なイベントは全て「神子である彼女がいたから成功した」ことに なっており、まさに無双状態である。 薩長同盟をナンパ大会にしてしまった作品は後にも先にもこの作品だけではないのだろうか。 次にシステムについて。 本作はストーリーが章ごとに分けられており、おおまかに言えば共通ルートの章と個別ルートの章がある。 公式サイトではこの章は1度出現してしまえば章選択画面で何度でもプレイし直す事が可能となっているが、実際に やり直すことができるのは個別ルートのみで、共通ルートには戻ることができない。 そのため中盤までの共通ルートの好感度は強制イベントで強制的に上がるため、フラグを回収し好感度を上げるという シミュレーションゲーム特有の楽しみが激減している。 既読スキップは主人公の名前を変えたら一部の文章が未読扱いになる謎仕様。 遙かシリーズといえば怨霊との戦闘シーンだが、本作に出てくる怨霊のほとんどが過去作の使い回し。 また戦闘で使う武器を強化することができるが、これにはいちいち対応する属性を選ぶ必要があり、手間である。 画面が90年代に跳躍したかと錯覚するようなMAPを歩き、戦闘画面は主人公とその仲間が何人か並んで武器を構えて 戦うような絵は一切なく、中央に動かない敵が並び、下部に主人公や仲間の顔が並び、敵をひたすら殴る。 技使用時に出るカットインも立ち絵の使い回しである。 ボイスは往来通りパートボイスとなっている。 場面は変わらずキャラクターの口は動いているのに突然ボイスがなくなり、また思い出したかの様に喋り出す。 この繰り返しでバグかハードの故障かと勘違いしてしまうプレイヤーが続出したが、全て仕様である。 恋愛イベントでも突然ボイスが途切れるので水を差された気分になる。 コーエーは以前、フルボイスで乙女ゲームを発売した実績があり、フルボイスでの発売が不可能というわけではない。 なぜフルボイスにしないのかは、神(コーエー)のみぞ知る。 季節は春をまたいで夏真っ只中の8月18日。同日に発売された2本のゲームがスレを大いに賑わせた。 まずひとつめが『AMNESIA(アムネシア)』(オトメイト) 「AMNESIA」とは記憶喪失という意味であり、タイトル通り主人公がゲーム開始時から記憶を失っていて、記憶を 取り戻していくことで主人公の立ち位置や攻略対象との関係が浮かび上がってくる。 オトメイトのヒロインといえば立ち絵もデフォルト名も存在し、本編でも大いに活躍するイメージだが、本作は オトメイトでは珍しい、立ち絵はあるがデフォルト名はなく自ら喋ることもない、無個性ヒロインとなっている。 主人公の設定を全面に押し出さないための「無個性」ではなく、プレイヤーと一緒に「個性(人格や記憶)」を 取り戻していき、プレイヤーとシンクロしながら「個性」が出てくる。 「主人公=プレイヤー」を好む乙女ゲー自己投影派にとっては大変興味深いものだろう。 だが実際に記憶を取り戻し始めてわかってきたのは、常に喧嘩腰で年上が相手でも上から目線、どれだけ自分が 悪かろうと決して謝ることをしないとんでもない人物だった。 話題となったエピソードをいくつかあげると、主人公が世話を怠ったせいで愛犬を死なせたしまった、年上相手に 上から目線で説教、告白をしてくれた相手に対しての行動、フルコンプ後に読むことができるSSの内容など、あげたら きりがない。 またあるルートではまだ記憶を取り戻していない状態の時に攻略対象に謝る選択肢があるが、それを選ぶと攻略対象に 驚かれるというものがある。 ここまで強烈なものに自己投影したがる者、もしくは自己投影できた者はいるのだろうか。 何故オトメイトはこのような主人公をプレイヤーとシンクロさせたがったのか。制作陣はシンクロできたのか。謎である。 システム面にも問題があり、最速にしても遅く感じるスキップモードや電話やメールが来るたび止まるオートモード、 ボイスと口パクが揃わないバグやメッセージウィンドウが表示されないバグなど多々ある。 ルートによっては選択肢が100を超えるものがあり、選択肢が出る度にスキップモードが解除されるためその都度 押し直さなければならない。またこの選択肢も微妙なものが多く、エンディング分岐に必要なパロメーターに全く 関わらない選択肢も多数存在する。 このパラメーターの増減も微量で判別しにくく、パーセンテージ表記もない。選択後のキャラクターの反応でパラメーターの 増減を判別しようにもこちらもわかりづらいため難しい。 もちろんこの作品はマルチエンディング形式で、各ルートには数種類のエンディングが用意されている。 つまりフルコンプするなら1ルート毎に周回プレイ、もしくはかなり序盤に戻ってのパラメータ調整が必須なのだ。 様々な物議を醸したこの作品。 今までと違うものを作ろうとしたが、作っているうちに記憶が失われたのか結局いつものオトメイトの作品に収まった。 そして『アムネシア』と同日に発売されたのが『文明開華 葵座異聞録(葵座)』(フリュー) 乙女ゲーではあまり見ない明治時代を舞台とした作品であり、主人公が明治時代へタイムスリップしてしまうところから はじまる。 そこで出会った葵座という旅の一座に加わり波乱万丈な日々を描く。また水戸黄門を題材とした勧善懲悪の話でもある。 システム面に定評のあるHuneXが開発元となっているだけあって、セーブやロードは快適。スキップモードも早く、 本編はもちろんシステムボイスも充実しており声優で推しているだけのことはある。 システムに関しては非の打ち所がないほどの充実ぶりであるが、発売から3ヶ月経つ頃にはAmazonで新品が75%OFFで 投げ売りされるという脅威の記録を打ち出したこの作品のすごさは他にあった。 まず挙げられる点は、説明不足のままストーリーが進んでいってしまうところである。 序盤で主人公が明治時代へタイムスリップしてしまった際、主人公は一座で大切にされている家紋が擬人化したものだ という説明を一方的に受け、一座に置いてもらえることになる。その後すぐに個別ルートへ突入し、当然のように 明治の衣装に身をくるみ、葵座の一員として馴染んでいる主人公の姿を見ることになる。タイムスリップという非現実的な 体験をしてしまった上知らない場所へ放り出された不安や、一座の皆と打ち解けていく過程などは一切なく、プレイヤーを 世界観に引き込もうという配慮は皆無。 また「蔵でクラクラしちゃった~」をはじめ「迷子のなったらオーマイ、ゴット」「犬ってワンダフル」「妖怪に用かい!」 「宴会行かんでええんかい?」などのオヤジギャグを連発する主人公に失笑したプレイヤー多数。明治時代の人間には 通用しないギャグが多くあり、滑るどころか周囲を困らせている姿には脱力ものである。 明治時代といえば男女の差が今よりずっと厳しく、未婚の男女が並んで歩くことすら難しいとされていたのにも関わらず、 突然抱き締められ、キスをされ、いつのまにか恋人同士となっている。個別のキャラ設定はあるものの共通ルートや 個別ルートで深く掘り下げたエピソードがあるわけでもなく、特に印象に残るものもないので感情移入の余地がなく 正に置いてけぼり状態。 また各ルートも関わるキャラが違うだけでやることは同じ金太郎飴の上、読んだことがある文章のはずなのに既読扱い されずスキップ不能で苛立ちが募る。 本編には様々な伏線が散りばめられているが、上記の通り大事な部分がごっそり抜けているため回収されていないまま エンディングを迎えるため不完全燃焼のまま終わってしまう。 100%回収せずとも、ヒントが置いてあり皆さんのご想像にお任せしますならまだいい。 伏線どころか基本設定がメイン攻略対象5人+隠しの計6人に分散されていて、6人コンプして初めて基本設定がわかる という有様。 コンプするまで意味のわからない設定が多すぎてここでも置いてけぼりをくらってしまう。 これだけでも十分お腹いっぱいなのだが、このゲームで最も度肝を抜かれたのが、攻略対象は武器を所持している者も いるのに「武器に変身する」という点である。 それだけに留まらず、変身する度に呪文のようなものの後に「家紋!家紋!」と叫ぶ攻略対象に開いた口が塞がらなかった。 また人の姿の時に身に着けている武器が使われたことは1度もない。なんのための武器なのだろうか。 余談ではあるが、『文明開華 葵座異聞録 再演』というタイトルのリメイク版が業界最速の5月に発売予定である。 季節はさらに秋を過ぎ本格的な寒さに震えだした11月23日。 めぼしいものは出尽くしたかという雰囲気が漂いはじめたころ、思わぬところからそれは現れた。 『オレ様キングダム 恋もマンガもデビューを目指せ!ドキドキLOVEレッスン(オレキン)』(バンダイナムコゲームス) 漫画が原作のゲームで記憶に新しいのは『ラブルート』だが、本作は少女漫画雑誌「ちゃお」で連載されている 『オレ様キングダム』を原作としたゲームで、正統派少女漫画の乙女ゲームである。 内容は絵や漫画を描くのが趣味の主人公が、原作の主人公でプロの漫画家でもある野々原ののに才能を見出されて 漫画コンテストに応募する作品を描くことを決意し、そのネタ作り兼取材と称した交流を学校一有名人であるイケメン 3人組に持ちかけ、関係を深めていくというものである。 まず乙女ゲームに限らず恋愛シミュレーションゲームではイベントスチルが必要不可欠なものだが、各ルートにつき 1枚しか存在しない。 それもエンディングに差し掛かるあたりにしかなく、ルート進行中は攻略対象と淡々と会話するだけのイベントしかない。 またおまけモードにギャラリーがないため1枚絵としての観覧は不可能であり、イベント回想モードで見るしかない。 メインとなるキャラクターイベントもタッチ画面から選ぶ形式であるが1日1回しかない。また目当ての攻略対象が必ずしも いるわけではなく、かと言ってイベントは強制のためそれをこなさない限り次に進むことができず、その場合は他の 攻略対象のイベントを見ることになる。 一途にやりたい、ネタバレはいやだというプレイヤーには厳しいものがあるだろう。 イベントは日にちや週で決まっているらしく、知らない内に出かける約束をしていたり、他の攻略対象と何度も訪れている はずの場所に初めて来たと言い出したり、日曜日なのに普通に登校していたりと所々矛盾が生じている。 登校してから下校まで 朝:「今日も頑張って勉強しましょう!」→ 暗転 → 夕方:「今日も沢山勉強しました!」 とものの数秒で終わることがほとんどであり、下校後のイベントは街中がほとんどでそれ以外で攻略対象と絡むことは ないので学校に行く意味があまりない。月の大半は主人公が勝手に帰宅してしまうためイベントが発生しない。 約2週間ひたすら学校と自宅の往復で終わった月もある。 中間・期末とテスト期間や文化祭といったものがあるが、特に何もなく過ぎていき、終盤に主要人物全員で遊園地に 遊びに行ったりもするが、こちらも「楽しく遊ぼう!」→ 暗転して夕方 →「とっても楽しい1日でした!」と数行 文章が流れただけで終わってしまっていた。 エンディングも最後にお互いの気持ちを伝え合って相思相愛になるかと思いきや、主人公の言葉を遮って「これからも 仲良くしよう」と無理矢理会話を終わらせてしまい好き合っているのかどうかわからないまま終わる。 他にベストエンディングがあるから告白がないのかと思いきや、これがベストエンディングだった。 システムについてだがオートモードはあるがスキップモードはなく、話を飛ばしたい場合はひたすらAボタン連打か タッチペンで画面を連打するしかない。おまけの回想モードも同様である。 また、このオートモードも家から学校などに場所が切り替わると強制的に解除されるため、その度に設定し直さなければ ならない。 クイックセーブやクイックロード、バックログといった便利機能も当然のごとくない。 プレイヤーデータは2つ分作成することができる。 この2つは完全に独立しており、1プレイヤー分コンプリートしたとしてももう片方に反映されることはない。 セーブは1プレイヤー3つまでとなっている。それを行えるのは就寝後のみで1日が終わるごとにセーブ画面が強制的に 表示される。9~1月の期間1日も飛ばすことなく話が進んでいき、かつ月のほとんどが1~3分程で終わるものばかりであり、 100回以上否が応にもセーブ画面と対面しなければならない。 ゲーム画面から前にセーブした場所へ戻りたい場合もロード画面へ直接飛ぶ方法はなく、一度タイトル画面付近に戻らな ければならない。 この作品には櫻井孝宏氏、成瀬誠氏、羽多野渉氏、細谷佳正氏といった豪華声優陣が声をあてている。 野々原ののを含めた主要人物にはボイスが付いている。 だが油断してはならない。この作品、キャラクターがちゃんと喋らないのである。 「ああ、なるほどね。そういことか。」と台詞が表示されているのにボイスは「そっか」のみであったり、同様に 「さ、教室行こうか。」→「さてと」 「何、ボーッとあるいているの?」→「あれ?」 「わかった。それじゃあ。」→「じゃ」 と、文章は表示されているのにボイスは一瞬なのだ。 世に出ている乙女ゲームには一部の台詞しかしゃべってくれないパートボイスというものが存在するが、これはそれの 遥か上をいくポイントボイスだった。 またそのボイスもあったりなかったりで、どのような基準で入れたのか謎である。 ちゃんとした台詞で喋ってくれるのはエピローグの最後の方でひとつと、ルートクリアしたおまけモードでひとつ。 「声優の無駄遣い」という言葉がこれほど似合うものはそうないだろう。 以上4つのノミネート作品を紹介したところで今年度の大賞の発表に移ろう。 2011年、乙女ゲー的クソゲーオブザイヤー大賞は・・・『遙かなる時空の中で5』である。 今年は例年の様なシステムの不具合や決定打となるバグなどがなく、どの作品を推すか推さないか様々な意見が飛び交い、 果ては「中立であれ」という掟すら忘れ罵り合う騒然とした雰囲気が続いた。 「主人公含むキャラ設定」や「シナリオ」といった個人の好みで評価が変わる要素が今回のポイントとなったからだ。 ここで考えてみてほしい。「乙女ゲームとはなにか?」 乙女ゲームとは女性向け恋愛ゲームのうち、主人公(プレイヤー)が女性のゲームの総称である。 そして乙女ゲームに限らずゲームはプレイヤーが楽しむために存在するのである。 ではプレイヤーが楽しむためになにが必要か? 「甘い雰囲気に酔いしれることも相手の求愛にも答えない」、「素直に謝ることもせず常に上から目線」、「場の空気を 読むことをしない」、「プレイヤーそっちのけで勝手に行動する」ものに、プレイヤーは楽しさを見出せるのだろうか。 確かに個人的に気に入らないからと大賞に推すことは許されない行為である。 しかし仮にもプレイヤーの分身となり作品の世界へ誘う役目の主人公が多くのプレイヤーに拒否されたという結果が 出た以上、これは個人の好みの域を超えているといえる。 また乙女ゲームは恋仲になるまでの過程が重要とされており、それをすっ飛ばしていきなり恋仲になれば不満の声が 挙がらないわけがない。 それらを踏まえた上でノミネート作品を見てみると、 主人公やシナリオは受け入れ難いものがあるが、恋仲になるまでの過程はちゃんと描かれている『アムネシア』 ごっそりと大事な部分が抜けたシナリオに空気の読めない主人公などがいるが、調理に問題があっただけで攻略対象には 特に問題がなかった『葵座』 主人公が勝手に動いて選ばせてくれない上に恋仲になったかどうかわからないまま終わるものの、結果はどうであれ 攻略対象との交流はしっかりできている『オレキン』 これらは確かに様々なクソ要素が寄せ集まっているが大賞の座につくには難しいとされた。 対する『遙か5』は、過程など一切なく勝手に惚れられどんなに愛を囁かれても反応が薄く、年相応の常識がないにも 関わらず崇拝される主人公を、リアルでも男にも女にも愛される存在にしようとして様々な部分が破錠したシナリオに、 要望があったにも関わらず改善しないどころか改悪してしまったシステムと、どの作品よりもハイレベルなクソゲーと 言える。 近年PCから家庭用ゲーム機に市場が移り、細々としたバグはあるものの、致命的なものは出て来なくなった。 出ていないにも関わらず大賞やノミネート作品が選ばれたのは、問題はそれだけではなかったということである。 去年はPC作品がなく代わりに携帯電話ゲームが複数ノミネートされ、大きな話題を呼んだ。 そして今年はPC作品がノミネートされなかったという点は同じであるが、シナリオやキャラ設定など乙女ゲームであるが 故にクソとなる要素で争った今だかつてない年となり、時代は常に動いていると感じずにはいられないものとなった。 最後に、大賞に輝いた『遙かなる時空の中で5』を販売し、乙女ゲームというカテゴリのゲームを最初に生み出した貢献者で ある老舗コーエーテクモゲームスへ向けて、坂本龍馬の名言を贈ることで2011年乙女ゲー的KOTYの結びとする。 「クソゲーの運命は、九割はメーカーの不明による罪だ。」
>2010年――――それは新時代の幕開けの年でもあった。 > >それまで頂点に君臨し続けた女王QuinRoseは鳴りを潜め、今年はクソゲーのない平和な年になるのだろうかと誰もが >思った。 >しかし、それはただ単にQuinRoseという防風壁がなくなっただけで、壁を取っ払ってみると様々な風がスレを >吹き抜けていったのだ。 >発売延期を1年以上、計5回繰り返したにも関わらず、微妙な出来の絵に加えてシナリオもシステムも総じて悲惨な >出来栄えの上、 >開発元であるディンプルが破産し、タイトル通り全てをゼロにしてしまった『ラブルートゼロ Kisskiss☆ラビリンス』。 >ご当地彼氏と銘打っていながらそれらしいことは方言や食べ物くらいでそれ以外はないに等しく、学校の敷地内のみで >ストーリーが展開され、膨大な時間とお金をかけてプレイしなければいけない、新ジャンル着メロ乙女ゲーム『大和彼氏』。 >初めての彼氏との淡い恋を楽しむというのは実は建前で、彼氏との初体験をどう過ごすかに重きをおいた、倫理観を >疑ってしまう『湘南★初カレDiary』。 >そして、100章以上の壮大なストーリーと言われたそれは1章5分あるかないかで1キャラにつき10章というだけ、 >「夜伽・夜伽・夜伽」などのトンデモ選択肢、鞍替え寝取られ必須の誰得展開で見事大賞の座に輝いた『天下一★戦国LOVERS DS』。 > >そよ風と思われいたそれが実は大型台風だと気付いた頃には既に遅く、スレには真っ白な灰になった住人達が残された >だけだった。 > >そんな前年のKOTY審議真っ只中の2月24日、我こそはと門を叩いた来訪者にスレ住人は身構えた。 >『遙かなる時空の中で5(遙か5)』(コーエーテクモゲームス) >2008年、前作『遙かなる時空の中で4』がノミネートとなったのは記憶に新しいが、またもや老舗コーエーテクモ >ゲームスからの刺客である。 >本作は幕末が舞台となっており、かの有名な坂本龍馬、高杉晋作、沖田総司などが攻略対象として名を連ねている。 >また幕末と言えば日本の歴史が大きく動いた時代でもあり、様々なドラマであふれている時代でもある。 >これだけ聞けば歴史好きには大変おいしい作品だが、蓋を開けてみればあらゆる箇所で常軌を逸していた。 >坂本龍馬らは土佐弁ではなく標準語で話す、福地桜智は主人公のストーカーとなり物陰から追い掛け回す、結核で >志半ばでこの世を去ったことで有名な沖田総司は実はただの風邪だったなどはまだ軽い方である。 > >本作を語るにあたって、1番問題視されているのは主人公蓮水ゆきの存在である。 >抱き締められてもキスをされても無反応・無表情を貫き、ドキドキの甘いシチュエーションのはずが一方的に愛を >囁かれているだけで、 >ルートによってはこちらから1度も好きと言わない雰囲気をぶち壊す態度や、襲われていた子供を助けた後「今晩、 >お姉ちゃんの幸せも神様に願っておくね」と言われたその夜に「あの子、ちゃんと私の幸せを神様に願ってくれて >いるかな? ふふっ、今夜はいい気分で眠れそうね。」と思い返す悪人のような思考に『清らかな神子』設定を疑う >プレイヤー続出。 >幕末と現代を行き来するには白龍の力が必要であり、使う度に命が削られてしまうのだが、それを一切考慮せず >日本史を知らないので図書館で調べたいからという理由で現代へ戻るよう力を使わせるなど、本作のテーマ「大切な >ものを、この命で守る」から大きく矛盾している。 >また登場する人物のほとんどが彼女を盲目的に慕っており、どれだけ失礼な発言や行動を取ったとしても咎められる >ことはなく、ある種の宗教となってしまっている。 >彼女のためなら身内の命すら犠牲にする者もおり、様々な葛藤の末、敵となった実の弟に動揺はおろか手を差し伸べる >ことすらせず、「早く消しておくべきだった」と言い放つ始末。その弟についての救済措置はないに等しく、そのまま >エンディングを迎えた時はさぞ困惑したことだろう。 >幕末を語る際に欠かせない薩長同盟などの重要なイベントは全て「神子である彼女がいたから成功した」ことに >なっており、まさに無双状態である。 >薩長同盟をナンパ大会にしてしまった作品は後にも先にもこの作品だけではないのだろうか。 > >次にシステムについて。 >本作はストーリーが章ごとに分けられており、おおまかに言えば共通ルートの章と個別ルートの章がある。 >公式サイトではこの章は1度出現してしまえば章選択画面で何度でもプレイし直す事が可能となっているが、実際に >やり直すことができるのは個別ルートのみで、共通ルートには戻ることができない。 >そのため中盤までの共通ルートの好感度は強制イベントで強制的に上がるため、フラグを回収し好感度を上げるという >シミュレーションゲーム特有の楽しみが激減している。 >既読スキップは主人公の名前を変えたら未読扱いになる謎仕様。 >遙かシリーズといえば怨霊との戦闘シーンだが、本作に出てくる怨霊のほとんどが過去作の使い回し。 >また戦闘で使う武器を強化することができるが、これにはいちいち対応する属性を選ぶ必要があり、手間である。 >画面が90年代に跳躍したかと錯覚するようなMAPを歩き、戦闘画面は主人公とその仲間が何人か並んで武器を構えて >戦うような絵は一切なく、中央に動かない敵が並び、下部に主人公や仲間の顔が並び、敵をひたすら殴る。 >技使用時に出るカットインも立ち絵の使い回しである。 > >ボイスは往来通りパートボイスとなっている。 >場面は変わらずキャラクターの口は動いているのに突然ボイスがなくなり、また思い出したかの様に喋り出す。 >この繰り返しでバグかハードの故障かと勘違いしてしまうプレイヤーが続出したが、全て仕様である。 >恋愛イベントでも突然ボイスが途切れるので水を差された気分になる。 >コーエーは以前、フルボイスで乙女ゲームを発売した実績があり、フルボイスでの発売が不可能というわけではない。 >なぜフルボイスにしないのかは、神(コーエー)のみぞ知る。 > >季節は春をまたいで夏真っ只中の8月18日。同日に発売された2本のゲームがスレを大いに賑わせた。 >まずひとつめが『AMNESIA(アムネシア)』(オトメイト) >「AMNESIA」とは記憶喪失という意味であり、タイトル通り主人公がゲーム開始時から記憶を失っていて、記憶を >取り戻していくことで主人公の立ち位置や攻略対象との関係が浮かび上がってくる。 >オトメイトのヒロインといえば立ち絵もデフォルト名も存在し、本編でも大いに活躍するイメージだが、本作は >オトメイトでは珍しい、立ち絵はあるがデフォルト名はなく自ら喋ることもない、無個性ヒロインとなっている。 >主人公の設定を全面に押し出さないための「無個性」ではなく、プレイヤーと一緒に「個性(人格や記憶)」を >取り戻していき、プレイヤーとシンクロしながら「個性」が出てくる。 >「主人公=プレイヤー」を好む乙女ゲー自己投影派にとっては大変興味深いものだろう。 > >だが実際に記憶を取り戻し始めてわかってきたのは、常に喧嘩腰で年上が相手でも上から目線、どれだけ自分が >悪かろうと決して >謝ることをしないとんでもない人物だった。 >話題となったエピソードをいくつかあげると、主人公が世話を怠ったせいで愛犬を死なせたしまった、年上相手に >上から目線で説教、告白をしてくれた相手に対しての行動、フルコンプ後に読むことができるSSの内容など、あげたら >きりがない。 >またあるルートではまだ記憶を取り戻していない状態の時に攻略対象に謝る選択肢があるが、それを選ぶと攻略対象に >驚かれるというものがある。 >ここまで強烈なものに自己投影したがる者、もしくは自己投影できた者はいるのだろうか。 >何故オトメイトはこのような主人公をプレイヤーとシンクロさせたがったのか。制作陣はシンクロできたのか。謎である。 > >システム面にも問題があり、最速にしても遅く感じるスキップモードや電話やメールが来るたび止まるオートモード、 >ボイスと口パクが揃わないバグやメッセージウィンドウが表示されないバグなど多々ある。 >ルートによっては選択肢が100を超えるものがあり、選択肢が出る度にスキップモードが解除されるためその都度 >押し直さなければならない。またこの選択肢も微妙なものが多く、エンディング分岐に必要なパロメーターに全く >関わらない選択肢も多数存在する。 >このパラメーターの増減も微量で判別しにくく、パーセンテージ表記もない。選択後のキャラクターの反応でパラメーターの >増減を判別しようにもこちらもわかりづらいため難しい。 >もちろんこの作品はマルチエンディング形式で、各ルートには数種類のエンディングが用意されている。 >つまりフルコンプするなら1ルート毎に周回プレイ、もしくはかなり序盤に戻ってのパラメータ調整が必須なのだ。 > >様々な物議を醸したこの作品。 >今までと違うものを作ろうとしたが、作っているうちに記憶が失われたのか結局いつものオトメイトの作品に収まった。 > >そして『アムネシア』と同日に発売されたのが『文明開華 葵座異聞録(葵座)』(フリュー) >乙女ゲーではあまり見ない明治時代を舞台とした作品であり、主人公が明治時代へタイムスリップしてしまうところから >はじまる。 >そこで出会った葵座という旅の一座に加わり波乱万丈な日々を描く。また水戸黄門を題材とした勧善懲悪の話でもある。 >システム面に定評のあるHuneXが開発元となっているだけあって、セーブやロードは快適。スキップモードも早く、 >本編はもちろんシステムボイスも充実しており声優で推しているだけのことはある。 >システムに関しては非の打ち所がないほどの充実ぶりであるが、発売から3ヶ月経つ頃にはAmazonで新品が75%OFFで >投げ売りされるという脅威の記録を打ち出したこの作品のすごさは他にあった。 > >まず挙げられる点は、説明不足のままストーリーが進んでいってしまうところである。 >序盤で主人公が明治時代へタイムスリップしてしまった際、主人公は一座で大切にされている家紋が擬人化したものだ >という説明を一方的に受け、一座に置いてもらえることになる。その後すぐに個別ルートへ突入し、当然のように >明治の衣装に身をくるみ、葵座の一員として馴染んでいる主人公の姿を見ることになる。タイムスリップという非現実的な >体験をしてしまった上知らない場所へ放り出された不安や、一座の皆と打ち解けていく過程などは一切なく、プレイヤーを >世界観に引き込もうという配慮は皆無。 >また「蔵でクラクラしちゃった~」をはじめ「迷子のなったらオーマイ、ゴット」「犬ってワンダフル」「妖怪に用かい!」 >「宴会行かんでええんかい?」などのオヤジギャグを連発する主人公に失笑したプレイヤー多数。明治時代の人間には >通用しないギャグが多くあり、滑るどころか周囲を困らせている姿には脱力ものである。 >明治時代といえば男女の差が今よりずっと厳しく、未婚の男女が並んで歩くことすら難しいとされていたのにも関わらず、 >突然抱き締められ、キスをされ、いつのまにか恋人同士となっている。個別のキャラ設定はあるものの共通ルートや >個別ルートで深く掘り下げたエピソードがあるわけでもなく、特に印象に残るものもないので感情移入の余地がなく >正に置いてけぼり状態。 >また各ルートも関わるキャラが違うだけでやることは同じ金太郎飴の上、読んだことがある文章のはずなのに既読扱い >されずスキップ不能で苛立ちが募る。 > >本編には様々な伏線が散りばめられているが、上記の通り大事な部分がごっそり抜けているため回収されていないまま >エンディングを迎えるため不完全燃焼のまま終わってしまう。 >100%回収せずとも、ヒントが置いてあり皆さんのご想像にお任せしますならまだいい。 >伏線どころか基本設定がメイン攻略対象5人+隠しの計6人に分散されていて、6人コンプして初めて基本設定がわかる >という有様。 >コンプするまで意味のわからない設定が多すぎてここでも置いてけぼりをくらってしまう。 > >これだけでも十分お腹いっぱいなのだが、このゲームで最も度肝を抜かれたのが、攻略対象は武器を所持している者も >いるのに「武器に変身する」という点である。 >それだけに留まらず、変身する度に呪文のようなものの後に「家紋!家紋!」と叫ぶ攻略対象に開いた口が塞がらなかった。 >また人の姿の時に身に着けている武器が使われたことは1度もない。なんのための武器なのだろうか。 >余談ではあるが、『文明開華 葵座異聞録 再演』というタイトルのリメイク版が業界最速の5月に発売予定である。 > >季節はさらに秋を過ぎ本格的な寒さに震えだした11月23日。 >めぼしいものは出尽くしたかという雰囲気が漂いはじめたころ、思わぬところからそれは現れた。 >『オレ様キングダム 恋もマンガもデビューを目指せ!ドキドキLOVEレッスン(オレキン)』(バンダイナムコゲームス) >漫画が原作のゲームで記憶に新しいのは『ラブルート』だが、本作は少女漫画雑誌「ちゃお」で連載されている >『オレ様キングダム』を原作としたゲームで、正統派少女漫画の乙女ゲームである。 >内容は絵や漫画を描くのが趣味の主人公が、原作の主人公でプロの漫画家でもある野々原ののに才能を見出されて >漫画コンテストに応募する作品を描くことを決意し、そのネタ作り兼取材と称した交流を学校一有名人であるイケメン >3人組に持ちかけ、関係を深めていくというものである。 > >まず乙女ゲームに限らず恋愛シミュレーションゲームではイベントスチルが必要不可欠なものだが、各ルートにつき >1枚しか存在しない。 >それもエンディングに差し掛かるあたりにしかなく、ルート進行中は攻略対象と淡々と会話するだけのイベントしかない。 >またおまけモードにギャラリーがないため1枚絵としての観覧は不可能であり、イベント回想モードで見るしかない。 >メインとなるキャラクターイベントもタッチ画面から選ぶ形式であるが1日1回しかない。また目当てのキャラが必ずしも >いるわけではなく、かと言ってイベントは強制のためそれをこなさない限り次に進むことができず、その場合は他の >キャラのイベントを見ることになる。 >一途にやりたい、ネタバレはいやだというプレイヤーには厳しいものがあるだろう。 >イベントは日にちや週で決まっているらしく、知らない内に出かける約束をしていたり、他のキャラと何度も訪れている >はずの場所に初めて来たと言い出したり、日曜日なのに普通に登校していたりと所々矛盾が生じている。 >登校してから下校まで >朝:「今日も頑張って勉強しましょう!」→ 暗転 → 夕方:「今日も沢山勉強しました!」 >とものの数秒で終わることがほとんどであり、下校後のイベントは街中がほとんどでそれ以外で攻略対象と絡むことは >ないので学校に行く意味があまりない。月の大半は主人公が勝手に帰宅してしまうためイベントが発生しない。 >約2週間ひたすら学校と自宅の往復で終わった月もある。 >中間・期末とテスト期間や文化祭といったものがあるが、特に何もなく過ぎていき、終盤に主要キャラ全員で遊園地に >遊びに行ったりもするが、こちらも「楽しく遊ぼう!」→ 暗転して夕方 →「とっても楽しい1日でした!」と数行 >文章が流れただけで終わってしまっていた。 >エンディングも最後にお互いの気持ちを伝え合って相思相愛になるかと思いきや、主人公の言葉を遮って「これからも >仲良くしよう」と無理矢理会話を終わらせてしまい好き合っているのかどうかわからないまま終わる。 >他にベストエンディングがあるから告白がないのかと思いきや、これがベストエンディングだった。 > >システムについてだがオートモードはあるがスキップモードはなく、話を飛ばしたい場合はひたすらAボタン連打か >タッチペンで画面を連打するしかない。おまけの回想モードも同様である。 >また、このオートモードも家から学校などに場所が切り替わると強制的に解除されるため、その度に設定し直さなければ >ならない。 >クイックセーブやクイックロード、バックログといった便利機能も当然のごとくない。 >プレイヤーデータは2つ分作成することができる。 >この2つは完全に独立しており、1プレイヤー分コンプリートしたとしてももう片方に反映されることはない。 >セーブは1プレイヤー3つまでとなっている。それを行えるのは就寝後のみで1日が終わるごとにセーブ画面が強制的に >表示される。9~1月の期間1日も飛ばすことなく話が進んでいき、かつ月のほとんどが1~3分程で終わるものばかりであり、 >100回以上否が応にもセーブ画面と対面しなければならない。 >ゲーム画面から前にセーブした場所へ戻りたい場合もロード画面へ直接飛ぶ方法はなく、一度タイトル画面付近に戻らな >ければならない。 > >この作品には櫻井孝宏氏、成瀬誠氏、羽多野渉氏、細谷佳正氏といった豪華声優陣が声をあてている。 >野々原ののを含めた主要キャラにはボイスが付いている。 >だが油断してはならない。この作品、キャラクターがちゃんと喋らないのである。 >「ああ、なるほどね。そういことか。」と台詞が表示されているのにボイスは「そっか」のみであったり、他にも >「さ、教室行こうか。」→「さてと」 >「何、ボーッとあるいているの?」→「あれ?」 >「わかった。それじゃあ。」→「じゃ」 >というように、文章は表示されているのにボイスは一瞬なのだ。 >世に出ている乙女ゲームには一部の台詞しかしゃべってくれないパートボイスというものが存在するが、これはそれの >遥か上をいくポイントボイスだった。 >またそのボイスもあったりなかったりで、どのような基準で入れたのか謎である。 >ちゃんとした台詞で喋ってくれるのはエピローグの最後の方でひとつと、ルートクリアしたおまけモードでひとつ。 >「声優の無駄遣い」という言葉がこれほど似合うものはそうないだろう。 > >以上4つのノミネート作品を紹介したところで今年度の大賞の発表に移ろう。 >2011年、乙女ゲー的クソゲーオブザイヤー大賞は・・・『遙かなる時空の中で5』である。 > >今年は例年の様なシステムの不具合や決定打となるバグなどがなく、どの作品を推すか推さないか様々な意見が飛び交い、 >果ては「中立であれ」という掟すら忘れ罵り合う騒然とした雰囲気が続いた。 >「主人公含むキャラ設定」や「シナリオ」といった個人の好みで評価が変わる要素が今回のポイントとなったからだ。 >ここで考えてみてほしい。「乙女ゲームとはなにか?」 >乙女ゲームとは女性向け恋愛ゲームのうち、主人公(プレイヤー)が女性のゲームの総称である。 >そして乙女ゲームに限らずゲームはプレイヤーが楽しむために存在するのである。 >ではプレイヤーが楽しむためになにが必要か? >「甘い雰囲気に酔いしれることも相手の求愛にも答えない」、「素直に謝ることもせず常に上から目線」、「場の空気を >読むことをしない」、「プレイヤーそっちのけで勝手に行動する」ものに、プレイヤーは楽しさを見出せるのだろうか。 >確かに個人的に気に入らないからと大賞に推すことは許されない行為である。 >しかし仮にもプレイヤーの分身となり作品の世界へ誘う役目の主人公が多くのプレイヤーに拒否されたという結果が >出た以上、これは個人の好みの域を超えているといえる。 >また乙女ゲームは恋仲になるまでの過程が重要とされており、それをすっ飛ばしていきなり恋仲になれば不満の声が >挙がらないわけがない。 > >それらを踏まえた上でノミネート作品を見てみると、 >主人公やシナリオは受け入れ難いものがあるが、恋仲になるまでの過程はちゃんと描かれている『アムネシア』 >ごっそりと大事な部分が抜けたシナリオに空気の読めない主人公などがいるが、調理に問題があっただけで攻略対象には >特に問題がなかった『葵座』 >主人公が勝手に動いて選ばせてくれない上に恋仲になったかどうかわからないまま終わるものの、結果はどうであれ >攻略対象との交流はしっかりできている『オレキン』 >これらは確かに様々なクソ要素が寄せ集まっているが大賞の座につくには難しいとされた。 > >対する『遙か5』は、過程など一切なく勝手に惚れられどんなに愛を囁かれても反応が薄く、年相応の常識がないにも >関わらず崇拝される主人公を、リアルでも男にも女にも愛される存在にしようとして様々な部分が破錠したシナリオに、 >要望があったにも関わらず改善しないどころか改悪してしまったシステムと、どの作品よりもハイレベルのクソゲーと >言える。 > >近年PCから家庭用ゲーム機に市場が移り、細々としたバグはあるものの、致命的なものは出て来なくなった。 >出ていないにも関わらず大賞やノミネート作品が選ばれたのは、問題はそれだけではなかったということである。 >去年はPC作品がなく代わりに携帯電話ゲームが複数ノミネートされ、大きな話題を呼んだ。 >そして今年はPC作品がノミネートされなかったという点は同じであるが、シナリオやキャラ設定など乙女ゲームであるが >故にクソとなる要素で争った今だかつてない年となり、時代は常に動いていると感じずにはいられないものとなった。 > >最後に、大賞に輝いた『遙かなる時空の中で5』を販売し、乙女ゲームというカテゴリのゲームを最初に生み出した貢献者で >ある老舗コーエーテクモゲームスへ向けて、坂本龍馬の名言を贈ることで2011年乙女ゲー的KOTYの結びとする。 > >「クソゲーの運命は、九割はメーカーの不明による罪だ。」

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