wiki クライムウェイヴ(Sysop読書録 活字をめぐる冒険)
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2024-03-17T14:08:07+09:00
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彼らは廃馬を撃つ
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*彼らは廃馬を撃つ
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題名:彼らは廃馬を撃つ
原題:They Shoot Horses, Don't They (1935)
著者:ホレス・マッコイ Horace McCoy
訳者:常盤新平
発行:白水社 2015.5.20 初版
価格:¥1,000
1935年に書かれ、1970年と1988年に出版されてはいずれも廃版となっては、三度の光を浴びて復刊したのが本書である。しかしこれもまた再版とはならず現在は廃版の状態である。「廃版」とタイトルにある「廃馬」に重なるイメージがあるのだが、本も馬も人もいつかは廃棄される運命にあり、撃たれる運命にあるのかもしれない。
先日読んだばかりの『屍衣にポケットはない』で独特な感性とタフでぶれない軸を持った作家ホレス・マッコイの名を知り、二つの世界大戦の合間に展開するアメリカという社会の、大戦間ならではの独特な歪みをさらに検証することができるのが本書であると言っていいだろう。
『屍衣にポケットはない』では、街を牛耳る悪玉金持ちに新聞という名の報道まで持ってかれようという権力悪に、ただの一匹で立ち向かう男を主軸に据え、彼を支える一筋縄ではゆかない男女のアシスト役も目立っていた孤立チームの奮闘ぶりが何とも言えない魅力に満ちていた。本書はその二年前に出版された、中編というほどの短い物語であり、180ページに満たない物語だが、衝撃度はこちらの方が強いかもしれない。
戦争で儲かる一握りの権力者に対し、戦争で疲弊する社会の悲惨を強く感じ取ることができる本作は、『屍衣にポケットはない』と同様、一握りの金持ち対大勢の貧者という図式があり、そこにたくましく生きようともがく青春群像がはかなくも作品として燃え立っている。
本書で描かれる二人の男女は、さして深い知り合いでもないが、映画のエキストラをお払い箱になり、千ドルの賞金がかかったマラソン・ダンス大会に出場する。一時間五十分踊って十分間の休憩を取るという無期限のダンス競技に勝てば千ドルの賞金を手にすることができる、というほとんど狂気と言っていいような酔狂な金持ち主催の過酷なイベントなのである。
日々の休みなきダンス・レースの中で一日一日と多くの男女が脱落してゆく姿をマスコミ
2024-03-17T14:08:07+09:00
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悪なき殺人
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*悪なき殺人
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題名:悪なき殺人
原題:Seules les bêtes (2017)
作者:コラン・ニエル Colin Niel
訳者:田中裕子
発行:新潮文庫 2024.11.1 初版
価格:¥850
何とも奇妙で不思議な小説である。フレンチ・ノワールの流れを汲みそうなイメージなのだが、何とやはり、というか既に映像化され、現在はDVDとして観ることができそうである(「悪なき殺人」”Only the Animals”(2019))。しかし、、、。
そう、しかし、である。本書は文章作品としての味わいが実に個性的なので、先に映像化作品を見ることはお薦めしない。本書の構成は5人の登場人物が各章毎に主人公となって語る形式の小説である。全員の証言を読む毎に、作品の世界がまるで違った角度から見えてくる。そのことがこの作品を、格別、個性的なものに化けさせているのだ。
物語の中で起こるのはある女性の失踪。季節は冬、舞台となるのは山深い山間の村なのだが、失踪したのはアウトドア好きな主婦で、生死の判断もなかなか下しにくい。農協のソーシャルワーカーとして村の農家を訪問する女性アリスに始まる本作は、導入部から早速、危険の匂いを感じさせてくれる。と同時に失踪中の女性のことが話題にされる。この失踪した女性という謎が本書の軸になりそうだとわかる。
二つ目の物語はソーシャルワーカーの訪問を受けていた羊飼い。本作が凄いな、と思われるのはここで早くも失踪者の事件が見えてしまうからだ。しかし、その見え方はどうみても幻惑的に過ぎるように感じつつ、その不信感を基に、その後の物語に繋げてゆく。
しかし三つ目の物語辺りから物語の様子は変容する。マリベという他所の土地から来ている若い女性。時系列を記憶により戻したり、この先の展開に受け渡したりする役目の章だが、毎度視点が変わる毎に唐突な展開と思えるのが本書の構成の特徴でもあるようだ。しかし、物語は唐突なジャンプを繰り返すたびに、不思議なことに真相へと近づいてゆくのである。
四つ目の物語はいきなりアフリカに飛ぶ。若者たちが従事するネット詐欺の小屋へと唐突にジャンプした物語
に面食らうが、こうなると既に快感である。若い美人女性のふりをして、画
2024-03-05T14:29:05+09:00
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コラン・ニエル Colin Niel
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*コラン・ニエル Colin Niel
**長編小説
-[[悪なき殺人 2017 田中裕子訳>http://www21.atwiki.jp/fadv/pages/2594.html]]
2024-03-05T14:29:21+09:00
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ザ・ロング・サイド
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*ザ・ロング・サイド
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題名:ザ・ロング・サイド
原題:The Wrong Side (2021)
作者:ロバート・ベイリー Robert Bailey
訳者:吉野弘人
発行:小学館文庫 2024.2.11 初版
価格:¥1,200
マクマートリー教授シリーズ4部作の後、ボーのその後を描く二部作の後半部が本書である。新たな事件でありながら前作を引きずるかたちの展開で、マクマートリーとボーによる<けつの穴全開>シリーズ全作? の完結編であることで、本シリーズはとうとう幕を閉じる。「胸アツ」の強烈形容詞を携えて一気に読者の胸倉を引っ張ってきた感のあるスポ根リーガル・ミステリーの最終の一幕をまたもしっかりと味わってしまった。
舞台は、KKK誕生の地のプレートが遺る曰くつきの街、テネシー州プラスキ。主人公は元アラバマ大フットボールチーム花形選手だった黒人弁護士ボーセフィス・ヘインズことボー。スタートは、ジャイルズ・カウンティ高校のアメフト・ゲームで始まる。試合後には、ロックバンド“フィズ“によるライブ・コンサートが予定されており、プラスキの夜は沸騰して見える。
試合で予想通りの活躍を見せたオデル、試合後のコンサートでボーカルを務め会場の注目を浴びたブリタニー。エキサイティングな夜の後に遺されたものは、人気のない深夜のバス置場で殺害されたブリタニーと、酔って保護されたオデルだった。何が起こったのかわからない夜。オデルがブリタニー殺害犯として立件される道筋が見えてくる。われらがボーは、この事件に、またこの事件を待つ法廷でどのような役割を果たすのか? 本作の見どころは、ボーの体験してきたこれまでの運命が、彼をどこへ導いてゆくのか? 数作前で妻を失ったボーの再生の道はどこへ向かうのか?
というわけで本シリーズの完結編ともなる本作。満員のフットボール会場。とことんジャイルズ郡プラスキがその舞台。前作でどこか遺恨の残りそうな結末を共にした検事ヘレンの意味深げなプロローグも気になる。シリーズ作品としての連続性を背景にしながら、単独作品としての練度もしっかりした法廷ミステリー、胸アツ主人公ボーとその子供たち。また彼の法律事務所を支える秘書と探偵のトライアングルによる連携プレイ。エンタ
2024-03-17T21:00:49+09:00
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スウェーディッシュ・ブーツ
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*スウェーディッシュ・ブーツ
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題名:スウェーディッシュ・ブーツ
原題:Svenska gummistövlar (2015)
著者:ヘニング・マンケル Henning Mankell
訳者:柳沢由美子
発行:東京創元社 2023.4.14 初版
価格:¥2,600
マンケル作品として個人的には初となる『イタリアン・シューズ』を読んでから5年。スウェーデン・ミステリーの代表格的存在である刑事ヴァランダー・シリーズは第一作と最終作しか何故か読んでいないという体たらくでお恥ずかしい限りなのだが、作者の遺作となる本作は『イタリアン・シューズ』とセット作と言いながら、さらに厚みを増して、なおかつ描写の丁寧さ、深さを考えると人生を振り返る作者と本作の主人公フレドリック・ヴェリーンは、分身ではないかと推察される。しかし、ヘニング・マンケルには『流砂』というノンフィクションの遺作が遺されていて、これが彼の<白鳥の歌>として死後に出版されている。
故に本書はフィクションとしては最後の作品である。『イタリアン・シューズ』を継いでの物語となるのだが、作者自らはそれぞれ独立作品として読んで頂いても一向に構わないという立場で本作に臨んだらしい。時制が一作目と矛盾したりするなど、確かに連作と見るには不確かなところもあるらしいのだが、読んだ印象としては登場人物たちも、舞台となるフィヨルド地方にしても両作共通する地平にあると見て構わないというところだ。
内容もまた『イタリアン・シューズ』の正当なる続編と見て良いと思う。但し、本作には謎の火災により島の家が全焼するといういささかショッキングな導入部があり、その犯罪的要素から鑑みて本書は『イタリアン・シューズ』に対し、ミステリーとしての性格を多分に孕む。そもそも刑事ヴァランダー・シリーズがミステリーと言いながら相当に人間の心を描いてしまう純文学的小説としての要素を孕んでいる作品であるように思う。
本書では、主人公フレドリック・ヴェリーンには存在すら知られていなかった実の娘ルイースが登場する。前作『イタリアン・シューズ』の終盤にも登場する娘だが、彼女との改めての関わりの時間が生まれてゆく様子、彼女の秘密などをパリを舞台に描くシーンが挿入さ
2024-03-05T12:45:18+09:00
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偽りの銃弾
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*偽りの銃弾
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題名:偽りの銃弾
原題:Fool Me Once (2016)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:田口俊樹 大谷瑠璃子
発行:小学館文庫 2018.05.13 初版 2018.12.18 2刷
価格:¥930
比較的最近コーベン・ファンとなったぼくとしては、まだ数作の読み残し過去作品が残っている状況にやきもき。シリーズ作品が中途で未訳となって以来、すっかりスタイルを変えたシリアス系ミステリの単発作品が続くコーベンだが、中にはお馴染みキャラクターを語り継いだセミ・シリーズ作品や、コーベンワールド地続きと言えるような単発作品も見受けることができる。しかし、本書はそんな単発作品の中でも他のシリーズ・キャラクターは一切登場しないというかなり一作完成度に拘った作者の拘りが感じられる。
主人公が、単独でしかも女性、というだけでも珍しいかなと思えるし、全体構成がサスペンス重視というようになっていて、多層構造の時間軸がヒロインを取り巻く仕掛けだらけのびっくり箱構造というのが、ぼくの本書に対する印象である。謎や仕掛けやミステリーとしての楽しみ、ということに拘る読者であれば、この作品は作者の中でも最大級にトリッキーな作品と言えるかもしれない。
ヒロインの周囲に何人も事件や事故の死者が出ているという、まずもって偶然ではあり得ないような状況そのものが本書の特徴であり、その謎解きそのものが最後まで読者を引っ張る作品であるように思う。ヒロインに密接な関係のある夫と姉が、それぞれ銃殺され死んでいるという状況。さらに他の謎めいた死者たちが順を追って登場する。
何よりも夫の死すら疑わしくなる状況がスタート後すぐに登場する。死んだはずの夫が隠しカメラに映っていたのだ。ヒロインの目の前で暴漢によって銃殺されたはずの夫が。
以上の一見解けそうにない状況がヒロインを正常ではない状況に追い込んでゆくのだが、それでも異常の側に踏み込まずあくまで冷徹に真実を探ろうとするヒロインは、実は中東で度重なる戦闘経験を積んだ歴連の兵士なのである。彼女の経験したいくつもの理不尽な死と暴力の世界。サバイバルに長けた特殊能力の数々。クールさ。冷徹な知性。そうした彼女自身が捜索
2024-02-21T21:33:31+09:00
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屍衣にポケットはない
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*屍衣にポケットはない
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題名:屍衣にポケットはない
原題:No Pockets In A Shroud (1937)
著者:ホレス・マッコイ Horace McCoy -[[
訳者:田口俊樹
発行:新潮文庫 2024.2.1 初版
価格:¥750
新潮文庫が《海外名作発掘 Hidden Masterpieces》シリーズとして銘打った作品群をぼくはできるだけ追いかけているのだが、最新作の本書は久々の当たりだった。自分が生まれる前どころか第二次世界大戦も未だ始まっていない時期、つまり二つの大戦に挟まれた時代に、こんなに熱くなれる作品が生み出されていたなんて全然知らなかった。
暗い大戦にまたも突入してゆく闇の時代、真実を求めるという立場で一日一日を必死に生きる新聞発行人の姿を描く熱い小説がここにあったのだ。新聞記者と言っても、現代社会で見られるのほほんとした姿からは程遠い、命知らずとも言えるべらんめえ性格の主人公マイク・ドーランは、口も行動も達者で無鉄砲なモテ男である。ほぼ彼の魅力と暗澹たる世情のコントラストで進められてゆく物語なのだが、脇役陣も凄く良い。主人公に口でも生き様でも負けない女性スタッフ・マイラとの丁々発止のやり取りだけでもスリリングこの上ない。
なお、主人公が劇団に所属していたり、いとも簡単に新聞社をクビになり、これまたいとも安易に新聞社を自力で立ち上げてしまうという無謀な決意も、はらはらひやひやの読み応えである。数々のキャラクターを登場させ街の雰囲気を活写させながらノンストップのぎりぎりなストーリーを語り続けてゆくこの作者、一世紀近い時を遡って作品が復活するだけあって、それこそ只者ではない。
作者が最も書きたかったのはおそらく主人公ドーランの生き様であり、彼の熱い日々だったのだろう。性と暴力。差別と戦争。貧困と滅び。そんな悲喜こもごもの時代と社会を描きながら、地方紙というビジネスに生きる者たちの危険と冒険とを、張りつめた鋼のような文体で繋いでゆくこの作品に、今出会えてよかったとしみじみ思う。
ノワールの範疇に入る作品だと思う。何よりも時代の悪が幾層にも描かれており、その中で貧困と資産家や政治家との格差がいやというほど叫ばれている小
2024-02-21T21:31:36+09:00
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ホレス・マッコイ Horace McCoy
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*ホレス・マッコイ Horace McCoy
**長編小説
-[[彼らは廃馬を撃つ 1935 常盤新平訳>https://www21.atwiki.jp/fadv/pages/2595.html]]
-[[屍衣にポケットはない 1937 田口俊樹訳>https://www21.atwiki.jp/fadv/pages/2589.html]]
-明日に別れのキスを 1948 小林宏明訳
2024-03-17T14:08:38+09:00
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この密やかな森の奥で
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*この密やかな森の奥で
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題名:この密やかな森の奥で
原題:These Silent Woods (2021)
著者:キミ・カニンガム・グラント Kimi Cunningham Grant
訳者:山崎美紀
発行:二見文庫 2023.11.20 初版
価格:¥1,300
本書は、わけあって森で隠遁生活を送っている父と娘の物語。前半はほぼ森の生活の描写に費やすが、父と七歳になろうとする幼い娘との森の中の隠遁生活はメルヘンのようだ。不思議な独り暮らしをする森の隣人以外、誰もいない世界で父は娘を育てている。
それにはもちろんわけがあって、主人公は特殊部隊の兵士という過去を持ちその経験は誰にも言えない。当時の部隊仲間だった友人ジェイクだけが年に一度膨大な食糧や生活必需品を携えて彼らのキャビンを訪れる以外、人に会うことはない。7歳になろうとする娘の生きるパワーと父娘の愛情、そして森という生命に満ちた舞台そのものが作品の前半を組み立てるが、ミステリー的要素はさほど感じないまま、ただただ不穏な父の胸の内が明かされぬまま、美しくも孤絶した日々が過ぎてゆく。
主人公である父の独白で続く本書は、時に過去を振り返る。中東の戦争に特殊部隊チームとして加わってきたこと。その悲惨な結末から帰国してきた地で巡り合った女性との恋。未婚のうちに娘が生まれ結婚を予定していた時に妻にならぬまま失われてしまった女性の命。残された娘とその定まらぬ定めへの反抗から、犯罪行為を起こしてまで連れ去ってしまう父親。彼と娘が選択したのは戦友の持つ森の中のキャビンとそこでの隠れた生活だけだった。
以上のアイディアと徐々に証されるその真相がまた凄いのだが、この森の生活という静かな日々にある事件が持ち込まれるところから父子の生活が壊れてゆく雪崩のような後半部が凄い。彼らの生活に紛れ込んできた写真好きな少女と、森に育った娘が出会ったことから父と子の秘密の生活は崩れてゆく。ゆったりとした森の日々を描く前半部のたゆたいのようなリズムから一転して、後半部は一気読みに近い形で最後まで読み切れてしまう。波濤のような心と状況の変化に、父と娘は運命の翻弄に身を任すことを余儀なくされる。
どっちに転ぶのかというスリリン
2024-02-03T17:37:06+09:00
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悪い男
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*厳寒の街
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題名:悪い男
原題:Myrká (2008)
著者:アーナルデュル・インドリダソン Arnaldur Indriðason
訳者:柳沢由実子
発行:東京創元社 2024.01.19 初版
価格:¥2,200
『湿地』以来、いずれも高水準を保っているこのアイスランド・ミステリーは『エーレンデュル捜査官シリーズ』として出版社より紹介されてきたが、本書では当のエーレンデュル主任警部が不在というシチュエーションで女性刑事エリンボルクが初の主演を果たす。時に助け役なのか邪魔する役なのか判断が難しいかたちで三人目の刑事シグルデュル=オーリが登場するが、こちらも友情出演程度の顔出し。本書は、一作を通じてあくまでエリンボルクを主役とした作品なのだ。
序章にして既にトリッキーである。まず女性にデートドラッグを飲ませレイプするという目的を持つ病的な犯罪者が一軒のバーで獲物を狙うシーンから本書はスタートする。続いて死体発見現場で本書のストーリーは正式発動されるのだが、思いに反して被害者はレイプされた女性ではなくデートドラッグを仕掛けたほうの犯罪者の方であり、彼は自分の住むアパートの部屋で喉を掻き切られるという無残な姿で死んでいた。
アイルスランドという、北極圏に近くフィヨルド地形が目立つような小さな国。人口は30万ととても少なく、しかもその大半がレイキャビックに集まっているという。この小さな国で世界の言語に翻訳されている作家と言えば本シリーズの原作者の他にラグナル・ヨナソンで、ぼくはこちらの作家も日本語翻訳作品は全読して注目しているのだが、こちらはアイスランド北部にあるシグルフィヨルズルという田舎町の警察署に所属する若き警官アリ=ソウルを主としたシリーズ。またヨナソンの他の作品で女刑事フルダのシリーズ三部作が立て続けに翻訳されその衝撃的内容に震えたものである。
そもそもアイスランド・ミステリーに何よりも注目を集めたのが本エーレンデュルのシリーズで初邦訳された『湿地』であり、その後も主人公が抱えている過去(雪山で見失って以来行方のわからないままの弟、という未解決な事件)のトラウマは、執拗に本シリーズに影を落とし続ける。さらにその事故、あるいは事件の真相究明のため
2024-02-04T02:01:15+09:00
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