※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

黄昏にマックの店で



題名:黄昏にマックの店で
原題:TWILIGHT AT MAC'S PLACE ,(1990)
作者:ROSS THOMAS
訳者:藤本和子
発行:早川ミステリアス・プレス 1992.2.29 初版
価格:\1,800(本体\1,748)

 『神が忘れた町』以来一年半ぶりのトーマス新刊。ぼくも最も安心して心を委ねきれる作家の一人であり、常に一定の水準と唯一無二の個性とを引っ提げてトーマスはいつもそこにいる。これと言ってシリーズとは謳ってはいないものの、登場人物の作品による一部重複は、けっこう多い。このキャラクターにまた会いたい、と思っていると、その願いを叶えてくれるのがロス・トーマスでもあるのだ。

 再会したいキャラであったマックの店のお二人に、さてこの本で会える。ただし『クラシックな殺し屋たち』未読のぼくは、『冷戦交換ゲーム』でのボンの、きな臭かったMAC'S PLACEしか知らないのである。『大博奕』での田舎町ペリカン・ベイのキャラたちが『五百万ドルの迷宮』では揃いも揃ってフィリピン、マニラに出現したりするくらいだから、ヨーロッパのマックの店がワシントンDCに居を移したところで、もうぼくは驚かないのだ。

 前作『神が忘れた町』は比較的シンプルでわかりやすい構成だったが、この新作は田舎の話ではないし、いろいろな思惑が交錯したりする上、登場人物が多彩で、次々現われるキャラクターのツインピークス化に始めのうちは目が眩むほどである。でもトーマス作品の不思議なところは、そうしたキャラクター・スクランブルとでも言うべき現象の内に、やがてしっかりと注目すべき人物が独立して見えてくるところなのである。あれよあれよという間に人物の性格が造形されてゆくところが。まさにトーマスの比類なき職人芸なのである。何せ「職人芸」という言葉は、関節技の藤原喜明とキャラ造形のロス・トーマスの二人のためにあるようなものだ。

 というわけで、別に『冷戦交換ゲーム』を読んでいない方も、マックとパディロのような人物には相当の魅力を感じるのではあるまいか? ともかく一人の一人のキャラに深みとかその人物の歴史とかを感じさせる点では、この作家は優れているので、どんな作品も非常に大人のムードが溢れている。百戦錬磨のスパイとか一癖も二癖もある詐欺師とか、そういったポーカーフェイスの役者たちを満載して彼の作品は裏世界を疾駆する。

 また、この作品でもしっかり感じさせてくれるのは適確な世界状況の分析。世界や歴史としっかり関わった上で、個人のストーリーをハードボイルド風味に語るというのが、この作家の一貫したやり方であり、90年代の本書は、しっかり90年代の入口的世界状況と関わっている。時折ハッとするような作品の分厚さを見せてくれたりもするのはその辺りに原因があるのではなかろうか。

 そして『悪童日記』やハメット作品に繋がるような、感情描写を廃した文体。これはこの作家のお手のもので、全作品に共通する文体。頑なではなく、妙に軽妙でユーモラスなところが、この作家の魅力であり個性だ。ともかくここまでキャラクターを重視してくれる作家だと、ストーリーは、もうどうにでもなっちゃうのではないかと思ってしまう。

 というわけで、複雑な罠と裏切りに満ちた、さまざまな人間模様の興味深いカクテルを味わいに、黄昏にはぜひともマックの店へどうぞ。

(1992.04.04)