モルディダ・マン



題名:モルディダ・マン
原題:The Mordida Man (1981)
作者:ROSS THOMAS
発行:ハヤカワ・ミステリアスプレス文庫
価格:\580

 70年後期から80年前期にかけてのロス・トーマスは、ひときわ油が乗っているように思われる。初期のマッコークル&パディロのような割合い軽めのシリーズにも独特の愛着を覚えはするのだが、この辺りの重厚なスリラーを描いていた時代というのも、ぼくには捨て置けない。

 独特の練りあげられたようなプロットを主体に、先の読めぬ展開と、忘れ難い名脇役たち。そして彼の作品群をもっとも独自に彩っている会話の妙と冴え。それらすべてがこの時代にぼくには輝いて見える。

 その時代のど真ん中。この『モルディダ・マン』はある。早川書房がミステリアスプレス文庫を発刊して間もない時期に『八番目の小人』ともども売り出しを賭けた作家だった。その後、どちらかといえば早川書房がロス・トーマスを文庫作家にとどめ置かずハードカバーでしか新作発表しなくなったために、若干ロス・トーマスの売れ行きに伸びが見られたのかと思ったが、この時期の文庫本はとりわけ油の乗っていた時期でもあり、内容としてはハードカバーでも遜色ないだけに大変なお買得であると思う。

 なおかつこの『モルディダ・マン』は傑作である。ロス・トーマスは筋が錯綜しているのと、日本作家に慣れた眼にはあまりストレートな表現を用いぬ暗喩や会話で進行する彼のハードボイルド文体によって、よく読みにくいと言われる。しかしこの作品は一気読みに近い進行が期待できるのではないだろうか。

 のっけから読者を掴んでしまう緊迫感。事件が大きく、そこに絡んで行く国同士の駆け引きと遣り手の男ども。残忍なテロリストに対抗して金目的で雇われてみごとにそのプロフェッショナリズムを体現して行く主人公たち。

 ロス・トーマスの常として、話のスケールが大きい場合は、三人称で舞台をあっちこっちにジャンプさせるやり方というのがある。『悪魔の麦』もそうであったが、これも同じ。一見無縁のように見える話が同じ一本のストーリーを多視点で絡めてゆく。フォーサイスやマレル、フリーマントルなどが得意とする書き方だけど、なぜかこの種の手法はページターナーになる確率が強いような気がする。

 とにかくロス・トーマスの会心の冒険小説である。しかし一気読みしないと筋を逸れていってしまうのは、他の作品群と同じ。ロス・トーマスの作品は、あまり時間をおかず、面白さにかまけてぐいぐいと読んでしまおう。

(1996.04.07)
最終更新:2007年07月13日 01:38