冷戦交換ゲーム



題名:冷戦交換ゲーム
原題:THE COLD WAR SWAP
作者:ROSS THOMAS
訳者:丸本聰明
発行:ハヤカワ・ポケット・ミステリー 1985.12.15 再版
価格:\742(本体\720)

 1966年、ロス・トーマス、デビュー作にして、アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞受賞作品。一体どこが新人なのだと唸らされるプロット。作品全体に流れるいつもながらのたまらなくクールな男臭さ。裏切りと陰謀に満ちた東西緊張のベルリンを舞台にした亡命サスペンスである。

 二人のNSA数学者が実際にモスクワに亡命したドキュメントメンタルな事件をもとに練られたプロットだのだが、本作では諜報に生きる者の使い捨ての宿命とこれに挑戦する彼らのしたたかさを十分に描いて、一気に読まされてしまう。まさにチャーリー・マフィンのロス・トーマス版といったところか。

 ホモセクシュアルであるために亡命を選んだという二人の数学者を米国NSAが救い出すために、交換条件として、上層部は腕利きのパディロを差しだすことにする。パディロは二人を救いだすという命令を受けてまんまと東ベルリンへ潜入。四面楚歌に陥る彼を躍起になって助けだそうとして謀略に巻きこまれるのが、主人公のマック。マックはパディロのカバーであるマックの店の共同経営者で、諜報の世界ではまるっきりの素人だが、それにも関らず、長い年月のうちに培われたパディロとの間の友情の存在を信じるようになる。トーマスの作品の根幹を流れるのは、いつもこの友情に満ちた信頼関係であり、だからこそ周囲の裏切りや謀略ががより汚らしく見えてくる。

 一人称文体で、この手の作品をやっつけるのは結構大変だと思うが、トーマスの才能はこの辺りをなんなくクリアして、いくつもの魅力ある人物像を惜し気なく描いてしまう。デビュー当時から職人肌の作家のイメージを呼び起こしてしまうのだからすごい。登場人物が多く、裏切りと謀略はいつものようにそこかしこに散りばめられているが、一人称であるために割とストレートなスパイ冒険小説に仕上がっている。

 20年前の東西ベルリンと、時代の冷戦構造の緊張がなんとなく伝わってくる。暗い街角での襲撃や逃走のシーンが、良質の娯楽映画を味わっているように満足できる。トーマス作品に裏切られることはまずないだろう。味わいのあるエンディング。なかなか素晴らしい読後感だった。

(1991.03.31)