題名:罪
原題:Sluld (1998)
作者:カーリン・アルヴテーゲン Karin Alvtegen
訳者:柳沢 由美子
発行:小学館文庫 2005.6.1 初刷
価格:\600




 スウェーデン作家というだけで珍しいが、『喪失』で描かれた女性ホームレスの印象が強く、ミステリとしても極上の味を持っていたため、その反響を待って、デビュー作である本書も邦訳の光を浴びる結果になったのだと思う。

 驚いたのは、二作目である『喪失』以上に、本書の完成度の高さと、人間の心を抉るメスの切れ味といったところか。

 今でも記憶に新しい、警察が訴えをまともに取らなかったゆえに発展してしまった上尾市のストーカー殺人。そのケースに酷似した被害者の側の、食い荒らされる日常の描写は凄まじい。贈られて来るプレゼントが、足の小指で、それはストーカーが自分の指を自ら切り落としたものという想像だけで、既に怖い。

 驚くべきはこの謎が三分の二のところで、一旦解決してしまうことだ。だが、実はそこからが主人公の真の悪夢の始まりである。ここまで何故に主人公の過去と、抑圧された性格の内向を描いてきたのかが、ここに至って次第に明らかにされてゆく。主人公の内面描写を、ストーリーの進行とは別物のように抉り続けてきた伏線が、実は最後の100ページ強で、これでもかと言うばかりに明かされる。

 そして逆転のまた逆転という、事件の罠そのものの深さ。迷走と錯綜の中で、語り明かされる男の存在の根の部分とは一体? 娯楽性においては、前作を(本来は二作目である)しのぐ、しかし、それ以上に、男の孤独の極北である、エドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス」のような研ぎ澄まされた世界観には見るべきものがある。

 謎解きと同時に、主人公の孤独な心のよりどころが、次第にはっきりしてゆく。自分探しの旅を絡めたミステリ少なくないとは言え、二つの孤独な魂の出会いと、決して若くはない彼らの断面こそが、女性作家ゆえのリアリティをもって精細に描写されているあたりが、本書のジェットコースター的面白さと拮抗しあって、実に微妙なバランスを取り合って、絶妙の気を演出している一冊なのである。

 日本ではまだ無名の作家だが、『危険な情事』や『恐怖のメロディ』みたいなストーカーものを、もっともっとリアルでヒューマンなキャラクター造形により、分厚くしつらえた印象が強い。映画の小道具係から一転して作家を目指したという、この北欧女流作家の手腕に、さらに注目してゆきたい。

 ちなみに第3作の翻訳も、小学館文庫出版予定だそうだ。素晴らしい!

(2005.06.19)
最終更新:2007年07月11日 22:35