ピアニストを撃て




題名:ピアニストを撃て
原題:Down There (shoot The Piano Player) (1956)
作者:デイヴィッド・グーディス David Goodis
訳者:真崎義博
発行:ハヤカワ・ミステリ 2004.5.10 初版
価格:\1,000



 破滅という文字にも二種類の結末がある。破滅してなお生き続ける運命と、肉体の死をも伴う破滅。

 「アラン・ドロンという役者は最後に必ず死ぬよね」というのが、ぼくが高校生の頃仲間たちの間でよく交わされるセリフだったが、死ぬよりも怖い結末だなと思われたのが『暗殺者のメロディ』という映画で、リチャード・バートン演じるところのトロツキーを暗殺するためにロイ・シュナイダーに近づくアラン・ドロン。舞台は熱気と太陽の光に満ちた南米。トロツキーの脳天にピッケルを打ち込んで殺した後のドロンは狂気の中で取調べを受ける。長いラストシーンが何のためにあるのだろうかと考えさせられ、非常に嫌な感触を残す映画だった。

 グーディスも不思議なシュールさを持った作家であり、『狼は天使の匂い』ともども、安易な死という結末ではなく、もっと黒い、皮肉と孤独に溢れた結末を用意して、読者を混沌に叩き込むタイプの作家なのだなと思える。

 暗黒小説をものする作家は多々あれども、この手のシュールさを描ける書き手は、今のところジム・トンプスンとこの人を置いて他にない。登場人物が狂ったように読者の予想を覆して動いてゆく非ロジカルな展開といい、奇妙な会話といい、抱えている暗黒の深さといい、何とも言えぬ不思議空間を感じさせられる。

 本書では主人公がピアノを弾き、酒場の飲んだくれたちが、やはり思いもかけない行動に出るおかげで、読者たちは思いもよらぬラストを迎えることになる。

 全体を通して男と女の宿命の物語でありながら、ひょんなことから主人公は暴力の渦中に引き寄せられてゆく。過去の恋の記憶、トラウマになっている悲劇、そうしたことが、唐突に語られ、唐突に現在の暴力へ。フラッシュバックの重なりが、謎の多いピアニストの過去を徐々に明らかにするけれども、未来までは占うことができない。良い意味で読者の予想を裏切り続け、やがては暗黒と叙情の入り混じった独特の戦慄が、ピアニストの鍵盤から溢れ出す。

 アメリカで売れず、フランスではトンプスンと並んでノワールの旗手と称えられた作家の映画化作品(by トリュフォー)は、残念ながら見ていないが、読み終えて、まさしくトリュフォーにぴったりと感じた。それに『狼は天使の匂い』の映画は、追っ手、雪、山小屋というイメージのみ、こちらの作品よりインスピレーションを得ているのではないかと思われる。『狼……』の原作にはこれらの材料は使用されてはいないからだ。

(2004.07.04)
最終更新:2007年07月11日 22:29