終わりのないブルーズ




題名:終わりのないブルーズ
原題:Robbers (2000)
作者:クリストファー・クック Cristopher Cook
訳者:奥田祐士
発行:ヴィレッジブックス 2002.02.20 初版
価格:\900



 長い長いロード・ノヴェル。でも旅は全然終わらない。エディはブルーズをプレイし続け、その演奏はやむことがない。時計を巻き忘れたような世界、アメリカの病葉とも言うべき、イースト・テキサスを舞台に、無意味な殺しを重ねるアウトローと、追跡者たちとのそれぞれの道ゆきを、重量感たっぷりに描き出した非常に読みごたえのある一冊。ぼくはこういう作品にはとことん目がないのだ。まいった。

 「ふたりのナチュラル・ボーン・キラー」と帯にあるようにエディとレイ・ボブは刹那的な殺しを続ける。これを追うのが、理由のない疲労を抱えてどこか病んでいる感のあるテキサス・レインジャー。法と無法というよりも、どちらも微熱のように内部に抱え込んでいる怒りや倦怠をもて余して、敵を自ら求めてゆく捨て鉢な連中にしか見えてこない。

 サウナのように暑い空気を掻き回しつつ車のハンドルを握る彼らのなかで、抱え込んだ問題が日に日に膨らんでゆく。ありとある不快感がトリガーをいとも簡単に引かせているかに見える。焼けつく道路に腐敗した湿地帯。汚泥の港に立ち並ぶ廃棄された石油掘削装置。労働者たちの打ち捨てられたようなうめき声の歴史が、今は熱い風となって荒野を駆け抜ける。また、ヒルビリーたちの棲む深い川の深奥部。映画『脱出』を思わせる山人たちの無法さ。貧困や近親交配が産み出したモンスターのような、レイ・ボブの精神の闇が、死体の山を築いてゆく。くそっ! なんて世界だ。

 この作品をそれでも底抜けに明るくドライに見せてくれているのが、ブルーズ・プレイヤーを夢見るエディ、および彼らに合流する自称モデルのシングルマザー、ダナという二人の生命力のたくましさかもしれない。教育のないケイジャンであり、取るに足りない理由から初めての殺人に手を染めるが、その後、いつかは足を洗い、ブルーズで稼ぎ、ダナの子供を育てることを願って、とにかくまともになってゆきたいがために、今をどうにかあがいている。楽天主義と優しさと音楽だけが取り柄の自由人。

 そしてどこかわがままで、無責任で、能天気だが、タフ極まりない生命力溢れる美女、ダナ。やはり心なき殺人の罪から逃れようとやっきで、他にも余りある問題を抱えながら出口のない状況に悲鳴をあげもせず、ちくしょうと吐き捨てる元気さは、何ともたのもしい。

 長大な割に数少ない人物構成で物語は進行する。だれもが内部に爆弾を抱え、破裂しそうになっている。長い導火線が火薬に届く日を見届けているような緊張感。淡々とした描写が発熱した時間を埋めてゆく。ときには彼らのセリフに噴き出し、ときには呆れる。ときには自然の豊かさが描かれる。破壊された自然の悲惨も。太陽の熱気も。叙情と世界のスケールとを同時に感じる。あまりにも強烈なイメージの洪水。強烈な毒を持つキャラクターたち。これだけ作品世界の印象が強いとなると、ちょっと忘れられないタイプの本になるだろうと思う。

 ヴィレッジブックスが取り上げているミステリー界のフィクサーのプロデュース、オットー・ペンズラー・ブックスという斬新な叢書の一つ。巨匠と言える作家のノヴェラに加え、新人作家の発掘が売りであるらしい。本書はもちろん後者である。無名だが、とても新人とは見えない筆力の確かさが何とも頼もしい一冊である。

(2003.03.03)
最終更新:2007年07月11日 22:21