終りなき始まり







題名:終りなき始まり 上/下
作者:梁石日
発行:朝日新聞社 2002.8.1 初版
価格:\1,700

 梁石日の作品を追いかけていると、ときどきこの作家の着地点みたいな作品に行き当たることがある。母をモチーフにしたかのような『雷鳴』と、逆に父を描いた『血と骨』がそうだったのだと思う。そしてとうとう自分を自分の世代を書いたのかと思わせるのが本書。作品に対する作者の側の気合の差を感じる。

 読者に媚びることのない作風がよりいっそう研ぎ澄まされている。理不尽で破滅的で抑制の利かない主人公を描くのは今に始まったことではないが、この作品のヒロインである淳花の奔放に振り回される主人公の恋愛感情が軸になっている。ある意味でこれ以上ないほどに正当な恋愛小説。

 エンターテインメントから少しだけ純文学に傾いた風情があるのは、主人公らの青春を通して息づく詩への思い。主人公らは在日という鎖を引きずりながら、常に故国から寄せてくる政治の風波に曝され、日本という風土の変わり行く時代の波紋を受ける。左翼の運動と国民的政治運動が日本中に広がる中で、韓国自体が軍事革命を迎え、あくまで日本の路地裏に必死に生き抜く在日青年たちの日常に影を落す。

 ぼくは梁石日に接したのは比較的新しい方で、最初に読んだ作品が『Z』。その当時わからなかった韓国の組織の怖さのようなものが、本書ではさらにリアルに明確になり、怖さが増す。そういったあくまで政治的な本でありながら、どこまでも純真な恋愛小説であり、いつもながらに情念の不条理に振り回される青春の本である。

 今では読んでいても恥ずかしいくらいに青臭い討論に墜ちてゆく60年代の青春群像が、どこか懐かしく、真摯で脆い。自分の中に眠っていたあの時代の若き震えに似た感覚、そうしたものを蘇らせる大作であった。

(2002.10.07)
最終更新:2007年07月11日 19:05