断層海流




題名:断層海流
作者:梁石日
発行:青峰社 1993.10.20 初刷
価格:\2,100




 『Z』に触発されて同作者の旧作に手を出してみた。これはNIFTY-Serveでパソコン・ネット上から初めてシェアウェアとしてデジタル配給される小説として、当時そのネット連載話題を読んだのと、馳星周こと坂東齢人が93年の『このミス』でべた賞めしていたので、ぼくなりに心に引っかかっていた一冊なのだ。

 この本も小説としての体裁はなんとも自由度が高くまとまりに欠けているように思える。一気読みの読みやすさはどこから来るのかわからないのだけれど、ぼくにはこれは、世の現実に根差した大人っぽいストーリー運びに起因しているような気がしてならない。

 まずはフィリピンの娘が騙され日本に不法就労するというきわめて現実的な話から、この本はスタートする。少し群像小説めいた形で主人公を変えながら、少しずつ互いに関わりのある筋運びの中に、作者の現実を糾弾する視線の痛さを捉えることができる。

 読後に思い返せば、大筋において殺人と言うミステリーの形態を取っているように思えるのだが、読んでいる間にはそんなことは考えもしない。巻半ばの過酷な小クライマックスは、『Z』と同じ種類の容赦なさを感じさせる。劇中劇のように話が進むのも『Z』と共通。なんとなく力技の作風だということがわかる。

 ぼくの周辺にも在日韓国人はいないわけではなかったし、その出生を明らかにする人と隠そうとする人がいることも知っている。しかし決してぼくは彼になれないし、彼は決してぼくではない。その狭間を埋める方向への意思(埋めることができるとはとても言えないのだが)というのを、こうした作品が持っている、その意思だけはこの本は感じさせてしまうのである。

(1996.08.26)
最終更新:2007年07月11日 18:55