復讐の狼



題名:復讐の狼
原題:Un Vengeur est passe (1982)
作者:Jose Giovanni
訳者:佐宗鈴夫
発行:ハヤカワ文庫NV 1984.06.30 初版 1986.10.15 2刷
価格:\300

 『穴』や『おとしまえをつけろ』など、触れた途端に切れるような作品。血が迸るような鋭い感性で描かれたあれらの初期作品から、さすがに四半世紀も経ってみると、ジョバンニという作家も犯罪者であった日々から遠く離れて、いいお爺ちゃんになってしまったという風に見える。少なくともこの作品を手に取ってみると、『生き残る者の掟』に見られたような敏感極まりない感受性の群れというものがすべて脱色され干からびてきているようにしか感じられない。

 ストーリーには元々そう凝るタイプではなく、どちらかと言えば陳腐な主筋に骨太な味つけで持たせてゆく迫力の作家という気概があったのだが、本書では結果的にはストーリーに頼ったかたちで、小じんまりとは纏まっているものの、そのこと自体にどうにも釈然としない。時代? 年齢? 環境? 世のなかの多くの名を成した作家が陥ってきたのと同じ穴に、例外なくジョバンニも落ちたのだ。

 本書は妻、息子、嫁が殺され、孫娘を入院させられた祖父が復讐に赴くという二週間ほどの旅を描く。フランス国内からドイツ、あるいはスペインへ。一人一人復讐を遂げ、息子がなぜ殺されねばならなかったかを解き明かしてゆく。個人的な事情というよりも極右団体、ネオ・ナチなどとの繋がりが次第に明らかになってゆき、主人公の道行きも自ずと政治的な色彩が濃く、テロを縫ってゆくような行動となる。

 めまぐるしく展開し、その中でいろいろな組織のメンバーが別人に成りすまして彼を取り巻き輪を縮めてゆく状況が明らかになってゆく。いわばラドラム的状況をクイネル的に復讐しヒギンズのように終えてゆく話がジョバンニの描写を以ってなされた、といったところだ。ジョバンニ故に冗長にならず200ページそこそこの短さで纏められたという形が独特といえば独特と言える。

 息子の死に、自分の行動が関っていたという皮肉な運命のためにだろうか、主人公は名前も職業もずっと明らかにされない。なぜ復讐を急いでいるのかも。そこの部分の謎を抱えて、ついに苦々しいラストを迎えてゆくのだが、ここで表現される世界の病んだ姿、人種闘争の暗さみたいなものは、初期ジョバンニとは毛色の違った題材である。それがこの時代と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、だとするとジョバンニのような作家が物語を書いてゆける時代ではもはやないのだ、という風にも見えてしまう。老主人公の姿が最後まで、どうにも寂しげに映ってならなかった。

(2003.02.08)
最終更新:2007年07月10日 23:38