題名:穴
原題:Le Trou (1958)
作者:Jose Giovanni
訳者:岡村孝一
発行:ハヤカワ・ミステリ 1970.02.28 初版 1995.01.31 4刷
価格:\1000

 脱獄を扱うエンターテインメントは映画や小説の世界で決して少なくはないだろう。どの作品にも共通するのはこのテーマが奏でる重低音。監禁されることの苦痛。管理された時間の閉塞性。悪党のたまり場であることからの緊張。看守も含めての暴行、懲罰という肉体的苦痛。面会というあまりにも刹那的な娑婆への接点。そうした設定自体が既に読者のサイドにあるからこそ、脱獄というテーマに取り組むとき、なんとなくうなじのあたりががざわめくような異質感を持ってしまう。そうしてページを開き始めるときが、収監のときというわけだ。

 ぼくらはしかし、いつでも本を置いて日常に舞い戻ってくることができる。しかし本の中の主役たちの時間は永遠に続くかと思われるほど永く、終わりのない日々だ。そうした苦悩について本や映画の中で、作家たちが果たしてどう描いて来たかということを思う。この本を読んだとき、最初に出くわすのはそこの部分の衝撃であった。リアルな苦悩が丸裸にされて差し出された……こんな剥き出しの傷口……みたいな作品はそうない、と言っていい。

 務所暮らしの苦悩を、さりげない切れ切れの文体のなかで、男たちの横顔に克明に浮かばせて見せた本はあまりないのだ。彼らは多くを語らぬ代わりに、寒さに震え、高い窓の向こうを見上げ、腕を組んでそれぞれの過去と会話をし、悔やみ、そして寝て、食うのだ。11-6番房の5人。5人がフィットして初めて脱獄の計画がスタートする。それぞれの違った表情を刻みながらの日々が時を打ち始める。

 刑務所の俯瞰図があり、番号が事細かに打たれ、ストーリーに即した説明が記されている。文章と俯瞰図とをどれだけぼくの目が往復したことか。想像力。彼らの命を託した穴にめぐらす想像力と、ぼくの想像力がシンクロして匍匐前進をし、落盤を恐怖とともに味わい、破られる沈黙に身を震わせる。

 何ともシンプルな脱獄。暗く穢いヨーロッパのおんぼろ刑務所の地下を舞台に、5人がただ挑むだけの物語。『生き残った者の掟』のマニュとローランがいる。

 脱獄をテーマにすると、不思議と天使のように昇華する物語が世の中には確かにある。極限に振れてしまった振り子は、いずれもう一方の極限に振れるための力を貯える。生きる歓びを。人と人との繋がりを。燃えるための何かを。夢を。あるいは絶望を貯える。極限に振り切れてしまっている振り子は永遠に安定を欠いたものだろう。それがつまり、本書だ。

(2003.03.23)
最終更新:2007年07月10日 23:33