かもめの叫びは聞こえない




題名:かもめの叫びは聞こえない
原題:She's Not There (2003)
作者:メアリ=アン・T・スミス Mary-Ann Tirone Smith
訳者:匝瑳玲子
発行:ヴィレッジブックス 2005.11.20 初版
価格:\950




 『テキサスは眠らない』で、強烈な個性と、闘う女のタフさ、過激さ、そして命がけの活劇までをも見せつけたあのポピー(ペネロピ)・ライスが、シリーズ化されて帰ってきた。

 とは言っても、『テキサス……』は、他の初物海外小説と同じく、日本ではほとんど話題にのぼることがなく、『このミス』などの年末投票でもリストアップする人はいなかった。ボックス『沈黙の森』や、アルヴテーゲン『罪』などと同じように、全く話題にのぼらないままの良心的で、情感溢れる作品群を発掘することに、だからこそぼくのような海外小説好きは、燃えたくもなるのだけど。

 さて、そのポピー、本書でも男顔負けの活躍ぶりは相変わらずで、熱血というよりも、どんなものごとにも直裁に、真摯に逃げずに向き合おうとする姿勢が、最もこのヒロインの素晴らしいところであると思う。確かに素人ではなく、検死局長まで勤めたことのある、ばりばりのFBIエージェントであるのだが、組織で動くのではなく、ソロで、しかも現場で活動することが最も性に合うその気質が、何とも頼もしい。

 前作ではタイムリミット・スリラーの醍醐味を活かし、とても緊張に満ち溢れた展開をこなしたけれども、本書ではバカンスに訪れたブロック島で事件に巻き込まれてゆく、比較的地味な展開。もちろん最後には大掛かりな危機的状況設定や派手な活劇シーンも、このシリーズらしく、きちんと展開してゆくのだが。

 むしろ本書の魅力は、緊迫した連続殺人事件の捜査を通して、島の個性豊かな人々に触れ合ってゆくヒロインの心に溢れる情感の豊かさ、恋人とのちょっとした気持ちのずれが巻き起こす内的葛藤などにあるのだと思う。連続殺人の標的となるダイエットキャンプ参加者の肥満少女たちとの交流もさながら、特殊な過去を持つが、酒浸りのデカダンスな日々を送る島でただ独りの州警察官と次第に共鳴してゆくプロセスなどが、何とも味わい深い。

 捜査そのものは異様で謎めいており、殺人事件としては突拍子もない変り種でありながら、フリークな作品ではなく、自然の猛威や迫力をたっぷり取り入れた、英国冒険小説の香りすら匂わせる、緻密な奥行き持った正統派ミステリである。

 ポピーの眼差しを通して見つめる島の人々との心の交流が読後にまでしみじみと残る傑作である。こうしたシリーズがが翻訳を中断、遅延されないためにも、多くの読者を獲得してくれることを、切に願いたい。

(2005.12.11)