テキサスは眠れない




題名:テキサスは眠れない
原題:Love Her Madly (2002)
作者:Mary-Ann Tirone Smith
訳者:匝瑳玲子
発行:ヴィレッジブックス 2002.12.20 初版
価格:\840



 ソニーマガジンズのこの叢書は当たりが多いかもしれない。本書も相当の手応えを感じる一冊だ。

 帯に「クラリス・スターリングをしのぐ女性FBI捜査官」。クラリスを引き合いに出したのは、この小説のヒロインが睡眠障害に陥っていて3時間以上眠れないという部分だろうか? 

 周囲の環境。フェミニズム。アルコール・タバコ・火器局の捜査員という恋人。精神分析医の友人。局内各部署の関係者など取り巻く環境などは、むしろクラリスよりはスカーぺッタのものに似ており、最近作品を切らしているコーンウェルの代用としてまずは読めそうだ、なんて最初は思ったくらいだった。

 結果。傾向がまるで違っていた。環境が近いというそれだけだった。

 検屍官シリーズはヒロインの周辺の書き込みが魅力的なシリーズだ。対して本書は事件そのものの異様な展開に引きずり込まれる。M・ウォルターズ『女彫刻家』を想起させるどんでん返し。しかも一度ならず! 驚愕の展開。真偽の掴めぬ容疑者。立場が変わる捜査官。二転三転する敵。本当のヒロインは果たしてどっちなのか? 

 さらに死刑の問題。神の問題。アメリカでカルトを扱えば避けて通れない神学論。古風なキリスト教の末裔について進められる捜査。信者や牧師の科白は、ぼくにはわかりにくい。イエスの再生を唱える教団についても然り。しかし彼らがアラモのような砦を構えているのは面白く思う。まあ、そういうものか。

 そして死刑の問題。テキサスは死刑賛成派の占める土地だという。ヒロインは科学捜査研究所の長でありながら、テキサスでの冤罪が疑われる事件のために死刑執行日までの10日間だけ特別に捜査官として任命するよう長官に求める。州知事は死刑強行派であり、モデルはジョージ・ブッシュだろうと言われている。巻末解説では、ブッシュほど多くの処刑を決定した知事は近年のアメリカにいないとわかる。イラクとの緊張の日々がリアルタイムであるだけに納得しやすかったりする。

 さて、死刑の方法は静脈注射による。本書でのテキサス人は、オールド・スパーキー(電気椅子)で人間が数分かけて焼け焦げるのを見たがっているように描かれているけれども。死刑囚が最後のグリーンマイルを挽かれるときに『デッド・ウーマン・ウォーキング』と看守たちが唱える。映画『デッドマン・ウォーキング』でのペンとサランドンのあのシーンが蘇るようだ。

 思えばこの小説には様々なクライマックスがあった。前半と後半ではまるで別の小説のように展開した。ラストシーンについてもまるで違う物語のようだった。最後の最後まで目を離せない。やはりこれは二人の女性の強烈な個性の対決がテーマなのだと思う。読後感があまりにも強烈なため、内容について話をするわけにゆかないのがつくづく残念だ。

 ともかくも『検屍官』、『女彫刻家』、『処刑室』をスクランブルしたようなストーリー。ステットソン帽とガンベルトが似合う美女ポピー・ライス。天使か悪魔かわからない女容疑者。これらが本書の面白さのキーワードである。

(2003.01.29)
最終更新:2007年07月10日 22:51