マッチスティック・メン




題名:マッチスティック・メン
原題:Matchstick Men (2002)
作者:エリック・ガルシア Eric Garcia
訳者:土屋 晃
発行:ヴィレッジブックス 2003.09.20 初版
価格:\760



 原作が先か、映画が先か? というのはミステリと映画のどちらも好きな人にとってはけっこうな命題になってしまう。それも原作が映画公開とほぼ同時に出版されるとなると特に。しかもその内容が決定的なラスト・シーンに集約される内容である場合にはなおのこと。どちらかを体験してしまった場合には、必ずどちらかの楽しみが削がれる。そんな一回性の楽しみと、もう一つ、最初から読み返したい(映画であればもう一度見なおしてみたい)と思うような。

 それもそのはずである。なにしろ、この作品はいわゆるコンゲーム小説。映画で言えばあの『スティング』を髣髴とさせる詐欺師コンビの物語だ。詐欺の数々。主人公らによれば「ゲーム」の数々。根なし草のような不安定な人生。一方は金をため込み、一方は金を浪費する。次から次へと仕事を入れ、人を騙す。犯罪者でありながら、どこか憎めない奴ら。でもいつ銃口を覗き込むことになってもおかしくない商売。エンターテイメントという意味ではこれ以上ないほどに楽しい職業と言えそうである。

 恐竜ハードボイルドのシリーズで驚愕のデビューを飾ったエリック・ガルシアのエンターテインメント性については今さらどうのこうの言うこともないほど徹底したものとぼくは思っていたけれど、この作品がその幅を広げ、作者にとってまた素晴らしいジャンプになったことは間違いないと思う。ましてやリドリー・スコットとニコラス・ケイジなんて、今をときめくコンビネーションだけでも映画化作品は商品価値抜群だと思う。ましてやこの内容ならば、映画を見ていないぼくでも、上映館に向けて、そこら辺の人々の背中を押したくなってくる。

 詐欺師と言う商売がいかにケチでスケールが小さなものであっても、慎重でタフな精神力を必要とされることは作中でも見て取ることができる。そのせいか、潔癖症、うつ病等、精神が歪んだ主人公の姿はどこか、危うい。主人公の許に現われた娘の存在は、彼にとって癒しであり、生き甲斐である。観覧車やジェット・コースターに二人で乗ってこれ以上にない至福のときを過ごすシーンは、きっと映画でもため息が出るほどの名シーンになるだろうな(果たして映画でそんなシーンがあるのかどうかはわからないけれども)、と思われる。

 それだけに傷の深さと歓びの大きさ、その中で実行されるスリリングなゲームが生き生きとして、余韻が深い。恐竜ハードボイルドの『鉤爪』シリーズにのけぞって敬遠がちだった人にも是非ともこの作品でエリック・ガルシアの素晴らしさを味わっていただきたい。

(2003.10.06)
最終更新:2007年07月10日 22:44