鉤爪の収穫




題名:鉤爪の収穫
原題:Hot And Sweaty Rex (2003)
作者:エリック・ガルシア Eric Garcia
訳者:酒井昭伸
発行:ヴィレッジブックス 2005.08.20 初版
価格:\980




 『さらば、愛しき鉤爪』『鉤爪プレイバック』に続いての第三弾。またまたフィリップ・マーローにあやかったタイトルかと思いきや、今回は何故かハメットの『赤い収穫』『血の収穫』のもじり。原題を無視して翻訳向け編集者のこだわりを見せるタイトルにも何故か共感を感じてきた読者としては、何故かとの興味が先走ったが、一読すれば、なるほど納得。まさにハメットの原作を思わせる設定の本書。

 対立する二つの組織を行き来することになるわれらがラプトル探偵、ヴィンセント・ルピオ。今回の舞台はマイアミ。ハワイ、マイアミと落ち着くところのないシリーズながら、人間に悟られぬよう絶滅を免れた恐竜たちは、しっかり人間社会に混然と入り混じり、今日もありがちな犯罪組織で、ありがちな抗争を展開しているわけである。

 「何人」ではなく「何体」と数え、「依頼人」ではなく「依頼竜」といわねばならない煩わしさをきちんと丁寧に訳出してくれるのは、かの恐竜翻訳家・酒井昭伸氏であり、作者はしばしば恐竜一人称の小説ゆえの、恐竜グッズや恐竜社会を説明するための竜規解説にページを割かねばならなくなる。

 土台SFが苦手なぼくのような読者には抵抗があるはずなんだが、このシリーズに限ってそれがない。恐竜が、タッパーウェア社作成の合成ラテックスでできたヒト型スーツを着て、恐竜と知られず人間社会に紛れ込んで生きているという仮定も凄いが、ストーリーがまるでエルモア・レナードばりのクライムでハードボイルドなサバイバル・ゲームとして立派に成り立っているところは、馬鹿話だからこそ、さらに凄い。

 登場する恐竜たちの強烈な個性に、鉤爪や牙が加わって、さらに食生活が完全に人間ではないところの、別文化の上にあり、ルピオはマット・スカダーのように、ある中ならぬハーブ中毒を断って立派に構成しているという設定もたまらない。

 小説というのはそもそも自由なる仮定や発送の上に展開されたお遊びの楽しみなのだが、そのお遊びを超絶的に拡大解釈して、その上でしっかりと人間社会を戯画化して見せる独自の表現性がこのシリーズの何とも味なところなのである。

 二つの一家対立は、『赤い収穫』に始まり、黒澤明『用心棒』でも開花、さらにW・ディール『フーリガン』などでも、その緊迫した構図は利用され続けている。そんな基本構図にこだわり、なおかつ限りなく遊びの逸脱へと冒険心を飛行させるガルシアの素晴らしさは、本作では前作よりもずっとずっと濃度を増しているのである。

(2005.12.25)
最終更新:2007年07月10日 22:43