鉤爪プレイバック




題名:鉤爪プレイバック
原題:Casual Rex (2001)
作者:エリック・ガルシア Eric Garcia
訳者:酒井昭伸
発行:ヴィレッジブックス 2003.01.20 初版
価格:\880



 とにかく最初に恐竜探偵というふざけたアイディアを思いついてしまった時点で、この作者は勝ちを呼び込んだ。次に、恐竜探偵という無理をなんとか押し通してしまって作品をちゃんとしたエンターテインメントの形で完成させた時点で、おそらく世界の読者がスタンディング・オベイションに及んだ。少なくともぼくは立ち上がって喝采に加わった。そこまでが凄かったのだと思う。こういう作家が二作目、三作目と書き継いでゆくのは普通ならよほど苦しいことに違いない。

 その苦しさが相当に出てしまっているなと思われるのが、二作目の本書。『プレイバック』とは読了後考えてみるに、非常によくできたタイトルで、一作目同様チャンドラー作品にあやかったばかりか、内容の暗喩にもなっているところが嬉しい。これは邦題なので、作者にはあまり関連のないことだろうけれど、原題の"Casual Rex"もなかなかに笑わせてくれる。

 二作目の苦しさというのは、わけあって、ヒトの扮装を脱いでいる恐竜本来のスタイルで動くシーンが異様に多いということだ。進化を経て小型化しヒトに似た体系になっているとは言え、プリミティブな恐竜の姿に戻って、生肉や生きたヤモリを飲み込むというのは、やはりこれは鉤爪シリーズと言うよりは、一人称版『ジュラシック・パーク』みたいでもある。これは苦しいぞ。主人公ルビオもハーブでラリっぱなしでどうにも覚束ない。こんなことではシリーズのアイデンティティが失われそうだ。

 それをかろうじて救っているのが若きヴィンセントをバックアップしてくれるベテランの相棒アーニーである。一作目は結果的に相棒アーニーの死にまつわる事件を扱ってしまったのだけれども、二作目は時系列的に「プレイバック」して二人で組んでいた時代のお話なのである。だからアーニーが元気だし、主役のヴィンセント・ルビオを食っているくらいに素晴らしい存在感だ。

 物語の半分くらいがハワイの某無人島で、しかもクライトンの方ではなく、コナン・ドイルの方の『失われた世界』に近いものだから、前作でハードボイルドの亜流と思った魅力は半減しているし、最も冒険の核になる部分はアクションが派手で大がかり過ぎて、恐竜たちが好んで噛むバジルの葉っぱのようにぼくの口には合わなかった。

 それでも一人称文体のレトリック、暗喩といったハードボイルド・スタイルのユーモアはやはり魅力だ。散りばめられた笑いの数々。一本筋の通った物語の確かさ。巧い、としか言いようがない作家による極上風刺ハードボイルド。

 巻末解説によるとガルシア旋風は以後ルビオものにとどまらずコンゲーム小説に及び、映画化決定済み(リドリー・スコット監督、ニコラス・ケイジ&サム・ロックウェル)だそうだ。ルビオも三作目が今秋邦訳刊行予定。今、まさに旬! とことん目を離せない作家になりそうだ。

(2003.02.21)
最終更新:2007年07月10日 22:42