さらば、愛しき鉤爪




題名:さらば、愛しき鉤爪
原題:Anonymous Rex (2000)
作者:Eric Garcia
訳者:酒井昭伸
発行:ヴィレッジブックス 2001.11.20 初版
価格:\860



 実際ハードボイルドほどさまざまな進化の形を見せてくれるジャンルというのは、他にないのじゃないだろうか。それだけ多くの人に愛され、印象に残った、文学上のエポックであるのだと言えるし、どれほど突き放したような文体で固ゆでの顔をしてみても、あくまで人間のハートに食い込んで放さない鉤爪のように、ぼくらには胸の奥深くで、あまりに近しい感覚を得ているのに違いない。

 ハードボイルドは時には喜劇の形を取ることだってある。パロディ。ブラックユーモア。もっと笑い飛ばすような形に進化することだってある。恐竜が鶏に進化したのかもしれないように、ハードボイルドも思いもかけない形で。

 小鷹信光だって『探偵物語』という和製ハードボイルを書いたときにも、まさか脚本家・丸山昇一や天才的俳優・松田優作の手によって、あれほど可笑しい工藤俊作を見せられるなんて夢にも思わなかったろう。地道に書いた原作が、派手に飛ばしたTVドラマによって有名になってしまうなんて。松田優作の死後初のリバイバルブームで絶版本が復刊したりするだなんて。

 あるいは軽ハードボイルドへの道もあったのだ。東直己のススキノ探偵シリーズ。笑わせて最後に泣かせてくれる。TV版『探偵物語』もそうだった。ハードボイルドがパロディとして長いこと使われる理由はそこ、ある種の「定番」フォーマットにあるんだろうと思う。

 どんなに笑わせつつも、名シーンと決め台詞だ。そいつらを伝統芸として作中に生かしてやろうじゃないかという暗黙のルールのようなもの。へらず口の系譜にダンディスム。そして外見だけではない、決めの最終行。

 そう、ハードボイルドはお笑いに進化したときにもエッセンスは残すのだ。極めて進化しやすく、人気の耐えない秘密はそんな作者と読み手の共通認識という土台の部分にこそあるのだろう。

 さて、いよいよ本書なのだが、『このミス』8位に入賞したいわゆるバカ・ハードボイルド。つまり、ふざけた設定なのだ。何せ主人公の探偵が何と、実はヒトの皮をかぶった恐竜なんである。尻尾をうまく隠しながら、実は進化の袋小路を生き延びた恐竜たちが、人類に紛れて小さな生存の社会を送っているというとんでもない秘密がこの世界にはあったらしい。進行するは、ハードボイルド魂にどっぷり浸かった恐竜探偵。例によっての定番、一人称小説! どうだっ!

 それだけではない。恐竜だからこその事件。恐竜とヒトとが共存するからこその裏切り。友情だってあれば、ぺっぴんの悪女だってちゃあんと現れる。恐竜の美女もヒトの美女も。濡れ場も。ちゃんと両方!

 それだけでもないんだ。何と、ずば抜けて面白い。プロットがしっかりしていて、謎解きの興味があり、アクションシーンも抜け目なく、決め台詞の似合う名シーンがある。見かけ倒しの探偵ではなく、中身は恐竜のタフさと優しさとを持っているんだし。こんなふざけた小説でありながら、じーんと心を打ってくる本物の芯がある。読むほうは簡単だが、恐ろしく書きにくいハンディだらけの設定で、よくぞここまでやってくれたものだと、思わず喝采!

 『ジュラシック・パーク』の翻訳者である酒井昭伸に依頼したという版元も、これをまた引き受けたっていう訳者も、まあ徹底した遊び心をもっているのである。作者に始まり、読者まで、みんなで遊びまくる一冊。いや、一冊ではないのだ。シリーズ化されての二冊目が今月にも刊行されようとしているのだ。この世で最も奇妙な探偵シリーズであるにも関らず。やれやれ……次も読みます。

(2003.01.10)