夜を賭けて



題名:夜を賭けて
作者:梁石日
発行:幻冬舎文庫 1997.4.25 初刷
価格:\724

 凄い本だと思う以上に凄い話だとまず感じた。こんな話が実際に日本のまだ遠からぬ歴史の上にあったのかと、驚くばかりの話であった。実際に大阪を舞台にしたこのアパッチ族対警察隊の攻防、それから『パピヨン』や『ミッドナイト・エキスプレス』を思い起こさせるような大村収容所。この辺のノンフィクショナルな話をあなたはご存じだろうか? 

 ぼくは全然知らなかった。

 だから大変な話であると思って読んでいるのに、作家のほうはさりげなく軽妙なまでに物語を滑り出させてしまう。人を食ったようなこの小説作法こそがいつもの梁石日なのだと言えばそれまでだが、それにしたって書く人が書けばただの告発もので終わってしまう。梁石日にしてみればこれは告発ものなのかもしれないけれど、読者にしてみれば何と言う視点から描いてくれたのだ、というのが正直なところだろう。

 それほど庶民たちの飢えた視点からこの作家は書いている。貧困のどん底でのデカダンス、それでいてたくましい眼差し、こうしたローアングルな歴史をぼくらは冒険することができる。こんな作家をぼくは知らない。

 なぜこの作品が直木賞候補にまでなりながら、受賞を逸したのかも、何となくわかるような気がする。小説にしては奔放過ぎるのではないだろうか。切り口だけを鮮やかに見せておいて、あとはほっぽり出したような荒削り。並みの作家の仕事ではないのだ。

 今のところぼくにとっては、梁石日のこれが最高傑作である。

(1998.07.27)
最終更新:2007年07月09日 01:09