カオス





題名:カオス
作者:梁 石日
発行:幻冬舎 2005.9.10 初版
価格:\1,600




 何年ぶりだろう。梁石日が最も彼らしく、それでいて娯楽小説として代表されるような作品を書いたのは。ここのところ一作品に一題材といった、いわゆる現代の裏社会、つまり悪辣なやり口で財布を潤すシステムそのものに材を取り、人間たちよりも社会問題としてのそれらテーマに焦点を当てるといった試みが。

 自然、小ぶりな作品が多かった。梁石日は、一方では韓国の歴史に材を取った重たいミステリーを書いたりもする。あるいは在日韓国人としての自らに材を取った自伝的作品として、やや純文学的な傾向を持つ普通小説でも本領を発揮する。

 だが、ぼくが好きな梁石日は、『夜の河を渡れ』や『夜に賭けて』といったような、生きるための戦いの物語である。しくじっても、失っても、また挑んでゆく者たちの、愚かでありながらとことんしぶとい生への執着心を書かせて、この作家の右に出るものはいないと思う。

 何がこの作家にこうした熱情の青春譜を描かせてきたのかはわからない。しかし、この種の作品を書くときの梁石日は、自動筆記状態なんじゃないかと思わせるくらい、テンポがよく、圧倒的なパワーを発揮する。

 本書を読む限り、主人公らの名前こそ入れ替わっているものの、『夜の河を渡れ』の二人組の相似形のような二人組の物語だ。舞台は新宿歌舞伎町。金儲けの話に飛びつき、黒社会の銃口を向けられるが、遮二無二対抗しようとするバックギアを知らない二人。

 さらに本書の二人の男たちとともにタマゴと呼ばれるニューハーフの物語が流れる。神が作りたもうた自らの体に、子供が宿る事を夢見て、タマゴは二人の青年たちとともに夜の歌舞伎町を駆け抜ける。そしてさらに擬似家族とも言える三人を核にしたグループは、ヤクザ、悪徳刑事、台湾暗黒界らに囲まれながら、どこにも譲歩せずわが道を行き、自力で自らを守り抜こうと足掻く。

 梁石日のこの種の小説では、圧倒的に足掻き、闘争心をむき出しにして、命までをも賭ける、彼らの、一見愚かだが、愛情と生命力に溢れた姿が、いつも映える。ひさびさに梁石日の本命に出会えて、ぼくは本当に嬉しい。ここ数年間の彼の最高傑作であるとぼくは言いたい。

(2005/10/30)
最終更新:2007年07月09日 01:00