漂泊者(ながれもの)





題名:漂泊者(ながれもの)
作者:風間一輝
発行:青樹社 1993.11.10 初版
価格:\1,600(\1,553)




  『地図のない街』で構成のいい加減さを露呈した風間一輝が、構成その他の点で、いい意味で丁寧さを取り戻した作品だと言える。しかも一作目よりもハードボイルドの世界に近く、二作目よりも冒険小説のジャンルに近い、まあ好長編であると思う。

 ただし三作目ともなると、さすがに風間一輝の「臭さ」みたいなものが鼻につき始めてくる。もともとこの作者、自画自賛方面の小説を書く人であるなあと思ってはいたが、ハードボイルド方面に走ると、そいつがさらに増幅されて、ちょいと作者の自己満足に、ぼくとしてはなんだか反感感じてしまうのであった。

 もちろん主人公たちが「ながれもの」であり「男」であり「自由」であり「一匹狼」であるためには、それなりの主人公に対する準備というものをしなくては行けないのだが、それは彼らの背負う過去である。この辺を「匂わせる」ということだけで終わらせてしまうのか、それとも一応文章にして軽く「説明」してゆくのかは、作品のムードを決める一つの要素であると思うのだけど、この作品では「説明」してしまう。とすると、この過去はいかにも好都合でできすぎの過去であるように思うのだ。

 ぼくならどういうのが好みであるかというと、まず主人公たちのサハラでの冒険をもっと細かく書いて欲しいのである。過去の逃走のスタートをもう少し念入りにスリルいっぱいに書いて欲しいのである。そういう点を都合良く都合良くぼかすつもりなら、最初からそういう設定を安易に使わない方がよいとまで思ったのである。だからそういう説明はむしろしないで「匂わせる」だけに留めりゃいいのになあ、というのがこの作家への「惜しい」という意味での感想なのである。

 せっかく凄いバイオレンス・シーンを書き、リアルな地図を作品世界にきちんと描きながら、過去と主人公たちの人となりが寓話でしかないのでは、あまりにもバランスが悪い。

 そして「臭さ」のもう一点は、登場人物が説教じみていること。語らないようで語っているのがこの作者のキャラクターなんだよなあ。この辺り最初の自画自賛に繋がるけど、結局、自分という出発点から離れられないことが風間一輝の限界であるのかもしれない。一作目ではこの辺りが作品に生きていたけど、これは自分を少年という他者にうまく対比させ、なおかつストーリー構成をきちんと作っていたからだと思う。ストーリーががたんと抜け落ちるとこの作者、小説を説教でいっぱいにしそうな予感がする。こういう作者にはあまり売れて欲しくないぞ。

 でもこの人、案外サービス精神があったりして、この作品、前の二作と繋がっていないこともないのであった。一瞬前の二作の登場人物がチョイ役で登場したりするところ、愛敬であると思う。

 でも絵に書いたような港町のハードボイルド。絵に書いたようなエンディング。なかなか楽しませてもらいました。

(1993.11.19)