男たちは北へ



題名:男たちは北へ
作者:風間一輝
発行:早川書房 1989.4.15 初版
価格:\1,300(本体\1,262)

 もう一年以上前になるが、風間一輝『地図のない街』をめぐって、大方のひとが批判的であり、ぼく一人、面白い作風との出会いを喜んでいたのだが、とりあえずの旗色はひどく悪かった。そんなおり、バンディーダこと馳星周から、つべこべ言わずに『男たちは北へ』を読んだらどうだ?  との意見をたまわった。『男たちは北へ』を書けるような作家だからこそ、この程度の作品では満足できない、というのがその理由であったようだった。まあ、そういう意味で因縁を感じ、本屋漁りをしたのだが、御茶水に出ないとやはりなかなか手に入らなかったハードカバーである。まずカバーがいいですね、この本は。

 そしてこの五月北海道ヘ渡るのに、車で下北まで北上したぼくは、それにちなんでこの本を読んでみたいと思っていたのだ。 東北への国道 4 号線は、自分も長いこと 4 号線沿いの生活を送っていた故に、非常に馴染み深いものだ。この本のすべてのストーリーはおよそこの 4 号線沿いに展開されるのである。そして季節はまさしく虚構と現実がまさに一致していた。これぞ読書的幸福と言わなくてなんであろうか。

 練馬から大宮を経て春日部にて 4 号線のロード・ノベルはスタートする。単独で自転車を漕ぐ 40 男の目的地は青森。当然これだけでは冒険小説の要素はないのだが、そこに自衛隊の陰謀が絡んで、一波瀾も二波瀾ものトラブルがじわじわとだが、男を追って行くことになる。

 単純なストーリーだ。謀略やヒットマンたちの行動に精緻さが欠けているきらいはあるのだが、その辺の不完全さよりも、作者が書こうと意図しているものの方がむしろ大きくて、頼もしくて、悲哀に満ちていて、とことん「素敵」だ。風景描写というより、自転車に乗る男の視線に絡む風景が、汗の匂いを感じさせてとても新鮮だった。日本というのはこんなに登り坂と下り坂が多いのか、と、日頃車にばかり乗っている身にはいろいろ悔やむべき教示に満ちた小説でもあった。

 楽しむように読んで行くと、最終的には深い感動に辿り着いた。自転車を漕いだのはぼくではないのに、なぜぼくが瞳を潤ませて胸中で泣くのだかわからない。とにかく、ぼくはこういう本こそ泣けます。単純であるのかもしれない。でもこういう単純さを力強く書ける作家って、それほどいないのではないだろうか? 複雑を書く作家で満ちた文壇に、こういう冒険小説の背骨の部分を描ける作家がいるというのは強烈な印象である。

 和製ディック・フランシスと呼んであげたい気もするし、風間版『初秋』であるとも言えるのかもしれない。とにかく必読ですよ、これは。

(1993.06.05)