ザ・ポエット





題名:ザ・ポエット 上/下
原題:The Poet (1996)
著者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:扶桑社ミステリー 1997.10.30 初版
価格:各\640

 待望のコナリー作品、ノン・シリーズ初邦訳! ハリー・ボッシュという刑事のことは、ここまでコナリーを追ってきた読者なら、もうたいていのことなら、それこそ行動パターン・生い立ちなど様々な側面に対しても詳しくなってきているし、そのシリーズの高度な完成度については既に定評があるから、安心して手に取ることができると思う。しかしボッシュという強烈なキャラクター抜きで、コナリーはどんな小説を書いてくれるのだろうか? その疑問に見事に応えてくれたのがこの作品である。

 人間は見た目とは全く異なる、という定理があるとすると、それを具体的に様々な形で表現し、プレスして詰め物にしたような作品……と言ってもいいかもしれない。それほど読者ならびに主人公の思い込みを、裏切ってゆく小説であり、後半、執拗な逆転の連続する謎の奥行きときたら、みごとに深い、深い、小説である。もっとも、読者としてここまでの逆転はどんなものかと問われると、いいかげんにしなさいと言いたくもなるのだが……(^^;)

 そういう意味ではちょいと作り物臭さが目立ちはするが、それなりの仕掛けを逆に楽しめる。『ブラック・ダリア』を思わせる切断事件に始まって、ヴァクスのバーク・シリーズに登場するような幼児虐待犯罪者たち。一方トマス・ハリスによって光を当てられたFBIの心理分析官たちの活躍もあり、最後は、ハリー・ボッシュが地震後に引き払った崖の上の家を思わせる(あるいはそのものなのかもしれない)場所を舞台にしたアクション・シーンに幕を閉じてゆく(……本当に閉じたのかどうかは実はわからなのだが(^^;))。これほどに現代アメリカン・ミステリーのエッセンスをぎゅうぎゅうに詰めたサービス満点の娯楽小説は、コナリー以外には今やものにできないかもしれない。

 主人公がボッシュ的な性格ではないのに、ボッシュと同じような地点に行き着いてゆく行動の過程、その無意識が、大変興味深い。また彼がペンの代わりにラップトップを持ち歩く記者であり、犯罪者もネットやソフトのマーケットを舞台にするなど、両者ともコンピューターを武器にして戦う現代のインテリたち……という意味でも、最新アメリカンなミステリーであるように思う。

 以上、これだけ念のいった味付けをしていただいたおかげで、さすがにぼくも満腹になった。コナリーの小説は、本当に巧い。いや、「美味い」……。

(1997.11.04)
最終更新:2007年07月08日 17:06