ブラック・アイス




題名:ブラック・アイス
原題:The Black Ice (1993)
著者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:扶桑社ミステリー 1994.5.30 初版
価格:\720(本体\699)



 こういう小説はアメリカではかなり受けるだろうなあと、ぼくは心底思うのだ。一匹狼刑事というのは現代の刑事ものならけっこうあると思う。しかしそれでも良き理解者である刑事仲間などに恵まれていることが多いのではないか? ダーティ・ハリーだっていつも信頼できるパートナーを得ているじゃないか。しかし、このシリーズほど徹底して信頼できる仲間に恵まれない主人公も、かなり珍しいと思う。

 だからこそ、これまでのパターンを踏襲しているようなベトナム後遺症の刑事でありながら、この主人公エネルギッシュぶりたるや、世の一匹狼ものを足元にも寄せ付けぬほど破天荒であり、ビッグ・スケールであると思う。

 前作に較べてスケールアップしているのだけど、ミステリーとしての核をきっちり備え、意外な結末とペーソスとが読者を待っているし……で、本当に言うことのないエンターテインメントである。この本を読むならぜひとも『ナイト・ホークス』から取り掛かることをお勧めします。

 本書ではテレサとシルヴィアいう対照的な二人の女性を相手取るボッシュであるが、一人は検屍官からスタートして政治の方向へ去ってゆき、今一人にはミステリアスな憧憬と共感をほのめかせつつ次作へ持ち越されようとしている。前作もそうであるが、事件にとりかかる際に常に主人公の意識にそう言った女性たちの影があるところなど、大人の小説だと思う。

 とはいえ、この作者、ぼくと同い年なのだそうで、ぼくにはその熟達ぶりが信じがたい。ただし作者はジャーリスト上がりだから、社会背景を丁寧に取材したり、舞台をリアルに推察したり構築したりする点においては、思えばプロフェッショナルだったのだ。そうでなくては綴れない大きなプロットが、この作品の魅力だ。

 非常に過去を多く取り入れることで作品に時間軸の厚みも加えていると思うし、「検屍官シリーズ」を思い起こさせる、上層部の現実的な対応ぶりとそうした輩への反発、 弱者への情 -- またも恵まれない非行少年へのボッシュの態度がいい --などが、非常に魅力的だと思う。

 本当にいろいろな要素が沢山詰まっているので、多様な素材を好みの角度で楽しめる作品であると思う。次作が早くも待ち遠しい。最後に、何とも心地の良い訳文を与えてくれた古沢嘉通氏に、感謝と期待を!

(1994.06.22)
最終更新:2007年07月08日 16:45