ナイトホークス





題名:ナイトホークス 上/下
原題:The Black Echo (1992)
著者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:扶桑社ミステリー 1992.10.30 初版
価格:各\540(本体各524)

1994年のぼくは、ずっとフランシスとベック・シリーズに明け暮れていたので、傑作の噂高い『ブラック・アイス』を読みたくなった。シリーズは順を追って読まないと気が済まないぼくは、この一作目をまずは手に取ってみたんだけど、なぜにこの作品が FADV で話題にならなかったのか不思議なほど、素晴らしい大作かつデビュー作だった。

FADVでは Gan.さんの捉え方は否定的。よくあるパターンで水準以下というのがGan.さんの評価だけど、ぼくは全く逆の感想です。なんのなんの、この作品、自分の読書歴に加えておいて本当に高レベルに位置するほどの傑作。絶対に追跡して行かねばならない作家が一人確実に増えたのである。

 パターン化しているというのは、トンネルネズミ ---- 懐かしやスティーヴン・ハンターの『真夜中のデッド・リミット』にも出てくる ---- の生き残りで、ベトナム後遺症に悩まされるLAのはみだし刑事が、FBIの女性捜査官と恋情を繰り広げながら銀行強盗を追う。しかも内部には内通者がいるのか?……という内容だからなのだろうけど、これらがすべて単純に要素として棚に並べられているんだったらぼくもただのお定まり小説との烙印を押してしまう。しかし、これらのすべての要素の絡まり具合が、何とも只者ではないんだな、この小説。

 しかもGan.さんが何度も繰り返している「熱くなれない」点は、ぼくはその絡まり具合にあるのかと思うけど、この小説がこれ以上熱くなったら、単に話が暴走するだけだとしかぼくには思えない。これらの派手な素材たちを、心情描写、捜査の地道な進展、などと共に時系列にきちんと並べてゆく丹念さが、この作品を優れたものにしているのであって、ただの作り物ではなく、大変な輝きを持たせているのであるように思う。リアリズムを大切にする読者の気持ちをしっかりと捉えるためには、ここまで捜査の内容や主人公の情念を書き込んでなくてはいけないと思うのだ。

 だから結果的には、 ぼくは熱くなっちまったい!(^^;) 大変な主人公がいたものである。ハリー・ボッシュ。本名はヒエロニムス・ボッシュ。母が好きだった画家の名前だ。 無名(アノニムス)とは韻を踏んでいる……と来る。本質的にはハードボイルドである。賎しい街をゆく一匹狼の物語である。

 主人公が不良少年に寄せる情がいい。死んで行ったトンネルネズミの仲間たちの過去に寄せるボッシュの痛みがいい。とにかくどでかいプロットに乗った、重厚な主人公の話である。

 ついでながら邦題がスタローンの映画と同名なため映画原作やノベライズに間違えられる可能性もあるわけで、結果的には損をしているような気がする。小説の中で主題ともなりそうなエドワード・ホッパーの比較的有名な絵で確かに重要な材料とはなっている。しかし邦題も原題通り『ブラック・エコー』で行けなかったものか? ましてや次作が『ブラック・アイス』ならば、だ。ちなみにブラック・エコーというのはトンネルネズミが暗闇で聴く自分の息の響きなのだそうだ。

(1994.06.18)
最終更新:2007年07月08日 16:43