静かな黄昏の国





題名:静かな黄昏の国
作者:篠田節子
発行:角川文庫 2007.03.25 初刷
価格:\590

 これは傑作である。2002年10月に単行本で出版された中短編集なのだが、どれもが静かでゆっくりとした終末や破滅を描いたものとして、独特の味わいを残す作品ばかりである。根にあるものは、『絹の変容』の頃と少しも変わらない篠田ホラーである。

 いつも感じるのだが、一作ごとに異なる小説世界を展開しつつも、文明に対する警鐘、存在の危うさ、人間のアンバランスな特性などを浮き彫りにして、大人のホラー、いわゆるソシアル・ホラーといった奥行きを見せる辺りが流石だと思う。

 本書で最も印象に残ったのは、タイトル作『静かな黄昏の国』だったが、高齢化の進む日本というだけで大騒ぎしている現状なのに、作品世界では、経済的破産によりアジア各国の属国となり、自然を切り売りしてすっかりコンクリート化した国土に住む貧しい国民といった要素が付加され、最悪の様相を呈す。死を間近に迎えた夫婦が、未来型老人ホームといよりも、死の準備施設としてのホスピス系別荘地へと、旅立ってゆくところから物語りは始まる。

 暖かい川から奇怪な魚が釣れ、双頭の鹿が森を徘徊する。日本で唯一残された森という自然の中で彼らが目撃し体験して行く、近未来型破滅のかたちは、篠田節子でしか書き得ない静かでゆっくり進んでゆく種類のものである。背筋が凍る未来を提示され、読者が感じ取るものは多いと思う。

 同じように奇怪な物語が本書にはたっぷり詰め込まれている。バーチャルなゲームの中で次第にキャラクターが奇妙な逸脱を見せ始める怖さ、清潔で安全な世界に育ってきた少女の一生が何のためにあったのかを知らされるときの怖さ、人魚そっくりのペットを飼育することの皮膚感覚での気味悪さ。どれもが日常から滑り落ちて、狂気の方向へと堕ちてゆくような話でありながら、そこに何の劇的変化も加えず、静かにゆっくりと終わろうとする人間たちの物語でもある。

 本質的には暗い作風ではなく、優しい言葉に彩られたとても日常的で親しみやすい表現で語られるからこそ、これらの滅びのありさまは、なお一層怖いと感じられるのである。

(2007/07/08)