だれも知らない女



題名:だれも知らない女
原題:SACRIFICIAL GROUND (1988)
作者:THOMAS H. COOK
訳者:丸本聰明
発行:文春文庫 1990.9.10 初刷
価格:\540(本体\524)

 シリーズというのは不思議なものだ。続けてシリーズ全編を読んだときと、時間を置いて読んだときでは、まるで印象が変わってしまうものだ。ぼくは、クックのこのクレモンズ・シリーズ、三部作を一息に読んで良かったと思う。過去の感想を見ても、読者たちがこの作品に眉をひそめたり、当惑したり、共感できない主人公の暗さに辟易していたりするのが感じられる。一作目を読む限り、確かにそういう感じは否めないと思う。しかし、ぼくはこれをぶっ通しで読んでみた。一作目のスタート地点が、三部作完結篇 (であろうと思う) のラストの一行へと貫かれていた。クックはここまで書きたかったのだ。

 さてこの若い作品は、MWA 候補となり賞を逃している。とにかく候補となったのには、その主人公の途方もない暗さと生真面目さというインパクトが起因したのであろう。アトランタを舞台にした、「美しい」という属性だけに翻弄される少女の皮肉な運命を、刑事クレモンズが追う。

 クレモンズは多くの苦悩を抱えた刑事だ。「死」を常に友としている。現実の背後に真っ黒な虚無を見つめる男であり、これはすべて彼の娘に纏わる過去が醸し出すものなのだ、と彼自身感じている。現実は、いつかはクルリと引っくり返ってしまうものであり、その向こうには人々を待ち受ける「死」という巨大な虚無だけが拡散している。このイメージはエンターテインメント小説では、普通あまり深追いはされないものであると思う。逆に純文学はいつも「生」や「死」を追跡してばかりいる。クックの作品は、ミステリーの形を取りながらも、いつも「死」を題材にしているように思う。「死」を題材にし、その実「生」を謳い上げていると、ぼくは感じるのだ。

 そして強烈な「社会」という枷が、「生」にいつも対峙するものとして描かれているような気もする。この小説に限ってはあまり社会小説的切り口はないのだけれど。

 むしろこの小説で描かれているものは、生きる少女らの孤独。救いの方法を模索しても見つけ得ないクレモンズの、行方のない愛情。「事件」という名の、人間の謎に惹かれてやまない彼の性向、などである。ミステリーとして読むよりも、インタビューを通して、人々のセリフに興味を魅かれ、これを逐一メモして行かずには気が済まない主人公の、人間への探求心こそが、むしろ読みどころであるように思う。

 とはいえ、これは実際にはシリーズのプロローグに過ぎない。クレモンズの娘を主人公に据えたと言っても過言ではない、一種の過去への旅路なのである。事件を通した心の中への探索。絶望の深さから如何に、「生」の感覚を取り戻すかが、クレモンズのテーマなのである。

(1993.07.23)