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神の街の殺人




題名:神の街の殺人
原題:Tabernacle (1983)
作者:Thomas H. Cook
訳者:村松 潔
発行:文春文庫 2002.4.10 初版
価格:\638



 トマス・H・クックと言えば、最近ではすっかり<あの記憶シリーズの作家>として定着している観がある。ぼくはこの人の比較的旧い作品も好きなので、三作目にあたる本書はデビュー作『鹿の死んだ夜』に続いての今になって翻訳された作品であり、クック・ファンとしてはそれなりに垂涎ものといったところに位置する作品でもある。

 ユタ州ソルトレイクシティと言えば、まず想起するのがモルモン教の街である。死刑囚ゲイリー・ギルモアの恐るべきあのドキュメント『心臓を貫かれて』の街でもある。多くの戒律に縛られた街で生じる連続殺人事件。

 主人公であるトム・ジャクソンは、フランク・クレモンズを初めとするクックならではの孤高の刑事の一派である。しかしどちらかと言えば、クレモンズよりは、公民権運動真っ只中のニューオーリンズを舞台にした『熱い街で死んだ少女』に登場するベン・ウェルマンに近い。

 ベンは南部の街で黒人を差別しないばかりか味方について公民権運動の渦中に飛び込んでゆくほどに、ほとんど街の流れに逆行し、叛逆する刑事であり、それが作品に熱風のように吹き荒れていたものだ。

 本書でのトムはニューヨークから流れ着いた刑事であり、この街ではモルモン教にとって非常に珍しい異教の輩である。生活習慣や文化にまで沁み透ったモルモンの戒律からは、非常に距離を置いた地点からこの異常な宗教的サイコ殺人の嵐に挑む。ほとんど単独で、しかも個人的に街の人との違和感を抱えながら。その隔たりの理由はニューヨークで起したミス……被害者たち。傷を負った刑事が舞い込んだのがこの特殊な神の街であったというわけである。

 この設定だけで十分に読ませてしまうのだが、クックはこうした内面を描くのが非常に巧い作家だし、この頃から既に情緒豊かで音楽的にリズミカルな描写はなかなかに味わい深い。クックの原点である物語手法に、クックの描く孤独のエッセンスでもある主人公。どこか懐かしくノスタルジックな世界に展開する現代的な連続殺人。思えば20年も前の作品になるのだが、不思議とクックは時代を透過して旧さを逆に感じさせることのない新しい作家なのである。

(2002.11.10)