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熱い街で死んだ少女



題名:熱い街で死んだ少女
原題:STREETS OF FIRE
作者:THOMAS H.COOK
訳者:田中靖
発行:文春文庫 1992.4.1 初刷
価格:\640(本体\621)

 クックは評判を聞いていたのでいずれは読まなくてはと思っていたのだけど、シリーズ外作品として、まず手始めに読んでみたのがこれ。そして、ぼくは何故これまでこの作家の本を手に取りもしなかったのか、と大きく悔いることになった。簡潔に言っちゃうと、この本は、内外合わせての今年のぼくのベスト1。どうです? わかりやすい誉め方でしょう。しかも迷いのないベスト1であるところに、この作品との出会いの真価があるのです。

 すごいな、と思ったのは、公民権運動が渦を巻いていたアラバマ州バーミングハム1963年5月というところに、作品を配置したところである。もうこれだけですごいと思う。昨夜NHKで1962年の「ミサイル危機」の特集番組を見たけれど、ベトナム戦争前夜のアメリカ、強いアメリカの晩年、そうした熱い夜夜に、かつての自由と民主の輩はどのような民主と自由であり、なおかつどのような汚れた戦いを戦っていたのか。この小説は、そうした時代の一断面を見事に切り裂いていると思う。

 その上、それらの自由や民主主義は今のアメリカ大陸の上をどのように吹き荒れているのかは、ロスでの黒人暴動に重ねればいい。時代の潮流を感じさせながら、ヒューマンな個人意志を抱き始めるに至る主人公警察官の苦悩の道のりを、この作品は敢えて声高らかにではなく、むしろ抑制し、あくまでハードに描いている。この日々のこの街でのデモや鎮圧、マーティン・ルーサー・キング牧師の演説、と言った史実を背景に、1989年に書かれた作品であること自体が、既に熱い作者の意図を感じさせもする。

 この街のできごとを越えて、アメリカはケネディを、キングを葬り去ってきたし、その跡に、多くのベトナムの物語が産み出され、やがてはクライトンの『ライジング・サン』が生まれてゆくのだ。そして基本的な人間たちの姿勢は多くは変わっていないし、個人の選択範囲が、狭き良心の道か、流されやすく辿りやすい下り坂の道か、このことも変わってはいない。常に見据えられねばならないのは個人の向く方向であり、この小説が最小限の、しかしかけがえのない熱きカタルシスをこめて、読者に贈ろうとしているものは、普遍的で尊いものであると思う。

 ここまで難しい言い方をしてきたけれど、本書はハードボイルド。訳もなかなかよく、大変読みやすい。否応なく引き込まれる小説であると思う。

(1992.10.29)