闇をつかむ男



題名:闇をつかむ男
原題:Evidence Of Blood (1991)
作者:Thomas H. Cook
訳者:佐藤和彦
発行:文春文庫 1997.11.10 初版
価格:\676

 本当に待たされる作家である。いつでも読みたいのに、そして読めば必ず当たりの作家なのに待たされる。そしてとてつもなく古い作品ばかりがすごく悠長に翻訳されて来る。そして読めばやっぱり、当たりの本。これじゃあ作者が、浮かばれない!

 というわけで若干版元への催促モードで始めてしまったのだが、結果からいうと、やはりクックは凄玉であったのだ。クレモンズ・シリーズで、その食傷ぎみの暗さに目がくらんだ人も多いのではないかと思うが、今度の作品は暗さというより、むしろそうしたハードボイルドっぽさを捨てて、幻想的な世界へ走っているのが驚きである。

 作家が親友の死を探りに故郷へ戻り、そこで親友が探っていた過去の事件を追跡してゆくという構成なのだが、なんともそれが古い事件で、1954年7月2日独立記念日直前の殺人。『熱い街で死んだ少女』を思わせる、古き悪しき時代、南部の田舎町にはびこった悪習への容赦のない告発みたいなものが、やはりクックの中にあるのだろうか、回想と想像の中で、どうもすっきりしない疑惑だけが走ってゆく。そのすっきりしない感じを主人公と共にずっとひきずってゆくことになるのだが、何とも奇妙な文体に最初からぼくらは戸惑わねばならない。

 だれだ、これ? というような見ず知らずの名前が冒頭から連発される。日本人にとっては人名の連発は非常に読書の妨げになるので、まずは困ると思う。しかし、やがてこれは主人公の犯罪ノンフィクション作家が取材したサイコパスや犠牲者たちの回想なのだ、とわかってくる。現在の迷える心理と、故郷の南部の田舎町、そこに生きる老人たち、死んだ者たちの回想、作家のサイコパスたちの印象の反復……実に多くの心の中の描写に、現実から遊離する幻想小説的な味わいが、読者を支配する。このあたりがこの小説の特徴であるかもしれない。とにかく話題ものだと思います、この本は。

 フーダニットの謎についてこれほど執拗に引っ張るとは、クック読者としては意外であったが、後期のクックにはこうした構成、ミステリーらしさはけっこう見られるのだそうだ。今後どんどん翻訳されるという話だが、MWA賞を取ったからこれから翻訳するなんて遅い! どんどん前もって翻訳して下さい。何度もしつこいくらい言うけれど、天下の(エルロイだって扱っている)文春なのだから、扶桑社のように優良作家を自主的にどんどん見つけて、何かの賞を受賞する前に、どんどん翻訳してくれい!!

(1997.11.25)
最終更新:2007年06月28日 23:03