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夏草の記憶




題名:夏草の記憶
原題:Breakheart Hill (1995)
作者:Thomas H. Cook
訳者:芹澤恵
発行:文春文庫 1999.9.10 初版
価格:\667



 翻訳の順番が少しずつずれているが、これは『死の記憶』と『緋色の記憶』の間に挟まれた「記憶」三部作の二番目の作品。作者のプロフィルが敢えてあまり紹介されていない以上、「記憶」三部作というのが作者の意図しているところなのか、周囲や日本語タイトルにおいて便宜的に付けられたものなのかはよくわからない。

 ただ三作の間に共通するものはいくつもある。遠い過去の事件。掘り返さないとあらわにならない記憶の深み。遠い少年期への悔恨。取り戻すことのできない時間。そして生きていた頃には美しかった死者たち。そして既に一度は投げ出された、あるいは解決したかに見られた事件。そこに隠された真相。終章でのどんでん返し。あくまで終始する苦いリリシズム。

 それらの共通項の上に、貫かれるウェットな文体。美しい文章。トマス・H・クックは、クレモンズ警視シリーズからは随分と遠く離れた地点で小説を書き始めているように見える。今、一人称で過去を振り返る文体で描かれる過去の殺人事件は、ハードボイルドとは言えないけれど、謎を主体にしたトリック・ミステリーでもない。むしろクックという作家の独自の世界展開であり、青年期の美しい女性たちへの思慕を懐かしむ抒情に寄せられた、あまりに切ない青春小説でもある。

 ただしとても切なく取り返しのつかない悲劇に彩られた青春小説なのである。三作とも同等に質が高く、同等に謎に満ちている。人の心の情念が過去の時間にある事件を起こし、それが永遠に生き残るものの今に残されくすぶり続ける。ある意味でのクックの女々しさが、クレモンズのシリーズよりも遥かに効果的に出てきたのが、この「記憶」三部作であったのかもしれない。

(1999.11.04)