闇に問いかける男




題名:闇に問いかける男
原題:The Interrogation (2002)
作者:トマス・H・クック Thomas H. Cook
訳者:村松 潔
発行:文春文庫 2003.7.10 初版
価格:\619



 記憶シリーズにピリオドを打ってからのクックは、新しい形でのミステリ、より娯楽的なミステリに向けて手を広げているように見える。前作『神の街の殺人』は、『熱い街で死んだ少女』以来の、孤立する主人公とその葛藤を描いて秀逸だった。

 そうした前作に比べると一見、デッドエンド型ミステリに仕立て上げて、まるでアイリッシュ(ウールリッチ)みたいな愉しいサスペンスを創り上げてくれたのかと思わせるような本書であるが、実のところ、クックのあの暗黒面の深さ、ダークな色合いは相変わらず健在で、全体的にはとてつもなく地味な一冊なのである。やはりこの作家はディーヴァーのようにハリウッド化してゆくことはあり得ないのだな、と改めてほっとさせてくれる。

 時計が道具立てに使われ、朝に釈放しなければならない容疑者への尋問と捜査とが併行して進んでゆく。問題なのは、朝に釈放されてしまう容疑者が読者にとって限りなく白に近いことであって、朝になって釈放されても構わないじゃないかという気分から、時間に追われる感覚が非常に薄まってしまっていること。この点でデッドエンド型ミステリとはちょっと違う。

 ちょっと違うばかりか、それぞれの登場人物が抱え込んでいる闇の深さ、現実とのやりとりのぎこちなさ、どこかで深い陰画(ネガ)を抱え込んでおり、事件そのものとは関係なく、そういった存在がどんどん浮き彫りになってゆくこと。

 そして物語のプロローグで使われた自死してゆく容疑者のエピソードが、最後まで物語に暗い影を落とす。第三者的に扱われていた少々捻子の緩んだ刑事が、徐々の物語そのものを暴力で曲げてゆき、思わぬところで明らかになってしまう真相は、そのまま闇の中に葬られ、読者だけの知るところとなる。過去に明らかになっていないいくつもの殺人事件と、容疑者の関わりは、やがて迎える朝とともに、本書の終章を無惨に閉ざしてゆく。

 相変わらずのこのネガティヴな気配と、重たい心を背後に引きずって歩いているような主人公たち。救いのない世界に、ミステリの娯楽を配置して読ませるクックのテクニックとモノクロのイメージが、半世紀前という設定の物語に色濃く虚ろな穴を穿っている。このやりきれなさをどう処理したらいいのだろうと思わせるようなところは、まさにクックの原点と言えるのかもしれない。殺人事件に明るい側面などまるでないのだと、言わんばかりの暗い嗄れ声が聞こえてきそうだ。

(2003/11/16)
最終更新:2007年06月28日 22:48