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惜春




作者:花村萬月
発行:講談社 2003.04.24 初版
価格:\1,600

 熟成度満点の萬月ワールドがまた一つ。短いが中身の詰まった裏世界小説である。作家になった頃からいつか書いてやろうと思っていたという雄琴のトルコ風呂のボーイの物語だそうである。元になるのは友人Xの実話だと言う。動機となったのは『ちろりん村顛末記』(広岡敬一・朝日新聞社刊)であったと言う。

 連作短編とも言える四章からなる長編作品。どの章もなまなかなものではない。性と暴力が売り物の萬月としては、この本は暴力は少し影を潜めている。おとなしいと言ってもいいかもしれない。とぼけた会話のユーモラスな味わいだってある。

 それなのに圧倒的な生への迫力がある。また一方で圧倒的な虚無感がある。世界の猥雑と世界の過疎地帯がひとつところに息づいているような土地、琵琶湖のさざ波の音がちゃぷちゃぷと鳴る冬の雄琴。

 春を売る女たちと、食い物にする男たち、女たちにかしずくボーイたち。世界の裏側で細々とした事情を描くのではなく、日々を活写するだけのことでこれだけの表現力を持ってしまう。萬月とは、げに恐ろしき表現者である哉! との思いを新たにさせられた。

 若き時代に書きなぐってきたような長編たちとは一味も二味も違うおとなの習熟だけをひたすら見せつけてやまない現在の萬月がここに息づく。ひとりひとりの吐息までがわかるほどの存在感。たまらない寂寥感。生への鬱屈。運命への抗いと諦観と。瞬間の歓びと瞬間の絶望。他人の体温に縋るしかないひととき。そうした繊細この上ない人間の脈拍のようなものが、いっぱいに詰まった優れものの一冊である。