砕かれた街





題名:砕かれた街 上・下
原題:Small Town (2003)
作者:ローレンス・ブロック Lawrence Block
訳者:田口俊樹
発行:二見文庫 2004.08.25 初版
価格:各\790

 9・11ニューヨーク同時多発テロを経験したニューヨークという街に捧げられた作家のオマージュとも言うべき長編ミステリー作品である。『砕かれた街』に副題をつけるとしたら『砕かれた心』だろうか。

 同時多発テロで失われた命もあれば、残された命もある。昨夜のニュース番組でも流れた9・11の爪あとは、今朝の朝刊でも、ずっと一生ここに来るだろうという残された家族たちの言葉で締め括られる。

 この作品は、ミステリーという形で世界に発信されたものである。当然ミステリーの骨子を備えながら、同時にニューヨークを物語るために多弁であり、多くの寄り道をする。枝葉に過ぎないことの具体的な詳細の描写で、ニューヨークの壊されてしまった部分を作家は語ろうとしているかに見える。

 そして残され、これからもニューヨークに生きねばならない彷徨える魂たちの、救済の様々な形を描き、そこにはネガティブな悲劇も起こり得る。あのテロがなければ壊れることのなかったであろう人間の精神が、救済を求めるが故に、第二の悲劇を紡いでゆく物語だ。

 ブロックのユーモアもペーソスも、ブロックの冷酷さも残虐さも、ブロックの神秘も不条理もすべて、らしいそれらが込められた長編大作である。スカダーやバーニーやケラーのようなシリーズではなく、縛りを持たない自由度の高い作品としてわずか二ヶ月ほどの間に書かれてしまったという、作家の熱情の密度、そして存在理由の高さを窺わせる小説でもある。

 あまりにも多くの登場人物たちの並列的な描写が連なる中で主人公をとりわけ持たないこの作品は、その代わりに多くの奈辺に存在する名もなき(作中ではきちんと名を与えられているけれど)市民たちに命を与えている。まるで、ニューヨークの失われた多くのものごとに作家として細心の蘇生を施そうと勢い込むが如く。

 作品として長すぎるし、犯罪に関わらないのになぜこれほどこだわるのかと思われる描写は確かに多いと思う。面白さのエッセンスだけ詰め込んでもっと端的な作品に加工することはいくらでもできたはずだと思う。でも、それを覆すに足るだけの作者の饒舌を、あるいはその理由をこの作品の存在自体が物語っているような気がする。

 それはきっと、失われ、消え去ってしまったニューヨークの少し前の日々に投げかけられた、作家としての愛であり、悲しみであったのだと思う。

(2004.09.13)