墓場への切符



題名:墓場への切符
原題:A TICKET TO THE BONEYARD ,1990
作者:LAWRENCE BLOCK
訳者:田口俊樹
発行:二見書房 1990.12.25 初版
価格:\1,600(本体\1,553)

 『慈悲深い死』からわずかに一年のブランクで書き上げられた「酒を飲まないアル中探偵」マッド・スカダー・シリーズの新作。ぼくがスカダーのシリーズを7冊一気に読んだのは10月のことで、その一月後に新作を読めるというのはラッキーな気がする。今年刊行されるはずだったマクベインの「87分署」が国内で出なかった代わりに、ヴァクスも二月に改訳が出るし、<シリーズ読み>にとってはなかなか恵まれた状況である。といったって新しいシリーズにどんどん手をつけるとこうなるという、だけの話。読書の楽しみというのは常に拡張し増大するエントロピーのようなものなのだ。

 さてスカダーものも前作辺りからスカダーの状況そのものより事件のほうが主体になって、なんとなく探偵ものらしくなりつつあるのだが(当然このことを寂しがる読者もいるでしょうね)、本作は探偵ものというのもナンである。いわゆる完全に独立したストーリーとそれが持つサスペンスだけで、ここまで読ませてしまうものはこのシリーズにはなかったはずだ。

 一個の独立した状況劇だから、この本を楽しむためには何も前作までを読んでおく必要もあまりなさそうだ。前作までのムードにこだわると、かえってスカダーものへのこだわりが仇となるのではないかな。

 その状況というのは非常に使い古されたネタで、いわば「87分署」でいう『熱波』と同じ。以前主人公に挙げられた犯人が出所後、彼の命を付け狙うというものだ。しかし使い古されるネタというのは、根源的に面白さを十分に秘めているから使い古されてゆくのか、あるいは使い古されたネタにあえて挑んでやろうとする作家の意気込みが、作品を面白くしてゆくのか……ぼくにはこれはこれで、相当に楽しめたのである。少なくとも前作よりは巻き返しを図れたのではないだろうか?

 嬉しいのはスカダーがまだアル中であることを証明するような、酒場やAAや酒屋でのちょっとした危機感。ずいぶん弱まったとはいえ、なんだかいつ飲み始めてもおかしくないようなスカダーのキャラクターはあいかわらず生きているのである。そして長寿になり始めたシリーズというのはいずれもそうなのだが、登場人物にお馴染みが沢山いることも、ファンにとっては単純に嬉しいものである。彼らとスカダーとの関わりは、事件とはまた別の意味でぼくには楽しかったし、とりわけ、肉屋のエプロンをかけた凄味のあるミック・バルーとの奇妙な友情はとてもいい。

 いつ読んでも思うのだがブロックというのはその文体だけで十分読みごたえのある作家だと思う。小説のエッセンスをよく知っているとしか言い様がない巧さがあるのだ。ぼくにはなかなか楽しめた作品であった。

(1991/12/14)