暗闇にひと突き



題名:暗闇にひと突き
原題:A STAB IN THE DARK ,1981
作者:LAWRENCE BLOCK
訳者:田口俊樹
発行:ハヤカワ文庫HM 1990.9.30 初版
定価:\410(本体\398)

 これまでの三作がわずか一年強の間に書かれ、そしてその後4年間の沈黙の後に世に出た第4作がこれである。どうもタッチがいきなり変わったなと思われる部分が多く目についたので、初作発表年が気になり、その点をチェックしたら案の定そういうことだったのである。前三作でもスカダーという探偵の背景や個性については十分語られてはいるのだが、「アル中」と呼ぶには少し物足りなかったり、全体を通しても事件の描写がメインに持ってこられていて、彼の個性はあまり深追いされていなかったように思う。それが本書ではがらりと様相を変えているので、シリーズの転機となる作品であることを強烈に感じさせられた。

 まず事件そのものがスカダーの内面を映す鏡のような存在になっていること。そしてアル中の女性との出会いが、スカダーに自己を見つめるいい機会を与えていること。また過去の誤射事件のことがこれまで以上にスカダー自身の口を通して詳細に語られていること。本シリーズの主人公が、いきなり傷口を大きく開いて血を滴らせ始めた印象があるのが、本編なのである。

 つまり「事件>探偵の生きざま」だった比重が「探偵の生きざま>事件」にあきらかにすり変わっている。空白の4年の間に、作者はシリーズを違う毛色の物に変えようと決意したことがはっきりわかる気がした。また過去の事故当時誤射されたエストレリータ・リヴェラがこれまで7歳と表現されていたにも関わらず、この本では6歳になってしまっている。この作者はそういう部分ではいい加減だとの定評があることはあるのだが、これも4年の間作者がシリーズを完全に離れ、今一度再スタートを切ったことを証す一事であるのだと思った。

 マット・スカダーという探偵の個性がどのような意味においてもこの作品ではより強められている。過去のことや酒のこともともかく、個人的に圧巻だなと感じたのは、別れた妻と電話で老犬の死について語る部分だった。14歳にもなる老犬の存在が彼らの生きた時間を表現し、受話器の向こうで泣き出してしまう妻がたまらない存在感を持って重さを増していった。やはりブロックという作家はただ者ではなかった。

 最後に言いたいがこの文庫の解説はひどい。主として「慈悲深い死」を取り上げてネタをばらし、この先のスカダーの運命も堂々とばらし……解説者も編集者もシリーズを順番に読む読者のことを念頭において編集して欲しいものである。

(1991/10/14)
最終更新:2007年06月28日 22:03