一ドル銀貨の遺言



題名:一ドル銀貨の遺言
原題:TIME TO MURDE AND CREATE
作者:LAWRENCE BLOCK
訳者:田口俊樹
発行:二見文庫 1989.1.25 初版
定価:\490(本体\476)

 順番に読んでゆくつもりが、勘違いで三作目に取り掛かってしまったのがこの本。この本もぼくには実に面白く読めた。相変わらずマット・スカダーからはアル中のイメージをあまり受けないで済んだ。<アル中探偵マット・スカダー・シリーズ>という出版社のもくろみはそんなに成功していないようにみえる。このシリーズの主人公の特徴の一つであるが、バーボンをコーヒーに滴らして飲むという点。酔ってもいないし醒めてもいないという意識の絶妙なバランスを保ちつつ生きてゆく点。これがぼくには非常にしっくり来るのだった。

 この本を下戸の人が読む場合とぼくのような酒飲みが読む場合では、一応印象が明らかに違うのだろうなと思わざるをえない。このことは『今夜すべてのバーで』でも言ったことだが(その主人公と同年齢のぼくです(^^;)、酒の魔力とか酒の魅力みたいなものと日々駆け引きを繰り広げながら生活している人種と、そういうこととは無縁に本書のようなハードボイルドを純然たる読書として愉しむ人とでは、当然ながらスカダーへの共感の度合は絶対に違うものであると思う。また同じ酒飲みでも酔うことを目的に酒をくらう人と、酒自体の味覚に魅かれてグラスを口元に往復させる人種とでは、おそらくスカダーへの好悪は違ってくるだろうなと思う。

 ぼくはまさにその後者の飲み方をする人間・・酔いも醒めもしたくない人間・・だからスカダーへの共感はけっこう激しいものがあったりする。彼をアル中探偵なぞと呼びたくない気持ちも、だからわかっていただければとも思う。

 さてストーリー。これも本書は極めていい。最初からいい乗りで読めると思う。一作目に劣らないサスペンスで読めると思う。一言言っておきたいのは、推理小説のつもりで読んでは当然駄目だということ。だってこの手の小説は犯人がだいたい想像ついてしまうし、トリックなんてものは皆無に近いから。ぼくが面白いと言ってるのは、スカダーの捜査(基本的にこれはインタビューである)の過程で明らかになってゆくキャラクターたちの個性とか、突発するアクシデントのことである。またこれらと関わりながら過去へと沈んでゆくスカダーの内面の業がいいのである。

 とりわけスカダーを再びどん底へ追いやるような本作中のアクシデントは、読んでいる身には、ちょっとやりすぎではないかと思わせるほどの過酷さぶりである。スカダーが業を背負って人生を投げ出した如き探偵であることがよくわかるが、その向こうにスペンサーなどには見つめることのできない(パーカー・ファンの方、ごめんなさい)裏返ったヒューマニズムがしっかり見据えられていることもわかってくるのである。

(1991/10/12)