冬を怖れた女



題名:冬を怖れた女
原題:IN THE MIDST OF DEATH ,1976
作者:LAWRENCE BLOCK
訳者:田口俊樹
発行:二見文庫 1987.12.25 初版
定価:\410(本体\398)

 残念ながらこっちが二作目。前に挙げた二作に較べればストーリーの面白さ(不眠度)はワンランク下かなと思われる。この作品でやっと気づいたのは、スカダーが拳銃を持たないということ。このこと自体彼のトラウマと関連するのだろうが、けっこうコワモテらしい彼の風貌から、拳銃の存在自体を、読者としてあまり意識に昇らせることがなかったのだ。しかし、本作ではアル中はけっこう描かれていると思う。四六時中バーにばかり入って、酒ばかり飲んでいる様子がよく出ている。つられてショットバーを探してバーボンを生で何杯もお代わりしてしまった読者は、何を隠そうこのぼくである。

 ところで日本ではバーボンをカラオケなしで飲める店ってとても少ないと思う。だいたいそんな店は商売として成立しにくいのだろうとも思う。だって日本では客のほとんどはウーロンハイとかカルピスハイとかを飲みたがっているのだし、ウイスキーにしたってストレートやロックで飲もうという時にはいちいち断らないと勝手に水割りにされてしまう。これにはわけがあって日本人の50だったか60%はアルコールを分解する酵素が足りない。だから日本人はまあ大方酒には弱いのである。だから日本で強い酒を純然と飲ませる店なんて、商売として成立しにくい。カラオケとかオンナとかいった酒の付属品のほうが主流となる店が増えるのも仕方がないことなのだろう。で、悲しいことに、純然と酒だけを求めたいぼくのような客は、夜の巷をけっこう長いこと彷徨わないと、なかなかそういう空気にありつけないということになるのだ。

 ところがマット・スカダーは次から次へと酒を梯子する。素晴らしいのは酒とコーヒーとが同じ店で注文できることだ。ワン・ブロック歩いて別の店に入り、もう一杯バーボンをお代わりできるというのは、なんという恵まれたニューヨークであろうか? ハードボイルド云々といっても、けっこうこういった異国情緒だけに憧れを求めて読んでいる部分って読者のなかにたくさん潜んでいないものだろうか? 少なくとも自分はそういうものはある。ホテルに住んで、バーに入って、地下鉄に乗って、馴染みの女や聞き込み先の女とセックスをする、なんてそういう夢みたいな生活への憧れは少なからずあって、日本ではこういう視点でのハードボイルド・ファンをも多く獲得しているのではないか、と思わせられるのである。ふと思うのは村上春樹なんかもこういうトレンディな空気っていっぱい抱えてるから売れてるのだとぼくは確信している。村上春樹は別の意味でぼくは好きだけれども。

 で、「冬を怖れた女」。ここまで、まあなんという邦題が続いたことか。この訳者は自由気ままに邦題を付けることができて幸せだと思う。ぼくは「**の女」という題は嫌いだけれども。解説にも書いてあるけれど、この本のラスト・シーンは秀逸だと思う。少なくともぼくはこういう趣味の作者だと、それだけで自分の趣向リストの中に取り込むことができてしまう。まあ、完全に大人の物語に所属するものだから、派手さだけがお好みの方には全然勧める気は起こらないというのが正直なところ。ここまで書いて気づいたことなのだが、ぼくにとってはハードボイルドを見る目も冒険小説を見る目も、キャラクターの点では少しも違いがないということである。ハイテク主体の冒険ものなんて、やはりさらさら興味がないということだ。

(1991/10/13)