殺しの挽歌




題名:殺しの挽歌
原題:Le Petit Bleu De La Cote Ouest (1976)
作者:ジャン=パトリック・マンシェット Jean-Patrick Manchette
訳者:平岡 敦
発行:学習研究社 1997.01.30 初版
価格:\2,000

 『殺戮の天使』に比べればずっと人間界寄りの作品であると思う。マンシェットと言う大陸横断鉄道に乗ったら、まずはこのあたりの駅で途中下車してから、極北を目指した方がよろしいのかもしれない。暴力の具体性は、『殺戮……』よりも遥かに強烈だが、ある意味、現代の死闘小説に慣れ親しんだ方々には、免疫性のある部分と言えるかもしれない。だからと言って、半端なものではなく、実に容赦のない暴力への傾斜を感じさせる、過激極まりない作品ではあるけれども。

 政治の対立を背景にはしているが、この作品も、主人公はピュアな内的暴力に目覚めてゆく存在である。『殺戮の天使』のような女性的純心が作り出した暴力志向ほどに、研ぎ澄まされたものは感じさせないものの、男たちの捕食行為の原点を、政治的暗黒社会の構造の中、タイト極まりない、ハイ・テンションな殺戮の連鎖で紡がれた、実に印象深い作品であると思う。ただこの一冊を渡された読者は、ページの最初から結末まで一気にこの物語に引き込まれてしまうに違いない。

 構成の妙というものがあって、それが読者を引っぱり込む。数少ない登場人物を比較対照するように、のっけから作者は引きずり出す。まるである種の寓話でも語り出すかのように。ストーリーの行く先を示しもする。最低限の不親切さで、どこまでもこちらの興味を引きずり出すかのようなやり方で。語られないでいることの魔力から脱け出せなくなるやり口。

 疾走感のある小説である。普通の会社の営業管理職である主人公と、世界の反対側からやってきた悪徳の亡者どもとの出逢い。突如襲い来る容赦のない暴力と、死の連鎖。日常から、真反対のあちら側の世界へ。アルプスの山村を背景に、価値観や生きざまさえ変えかねない恐るべき運命。生半可な謀略小説では味わえない、地を這うような視点で描かれる肉体の軋み。男は、徐々に変わってゆく。己の中に育ち上がる野獣と向き合う恐怖にまで震えながら。

 暗黒小説というよりは、暴力小説と読んだ方が早そうな、実に遠慮のない物語である。寒々としつつ、それでいて、誰もが心のどこかに育てている小さな芽の部分でもあるからこそ、どこか怖い。重厚感、奥行き、そうしたものを感じさせる途方もない小説なのである。

(2004.02.22)