グルーム




題名:グルーム
原題:Groom (1980)
作者:Jean Vautrin
訳者:高野 優
発行:文春文庫[パルプノワール2002] 2002.01.10 初版
価格:\781

 ジム・トンプスンの作品はラストで壊れてゆくことで知られているけれど、ヴォートランの『グルーム』はページを開いたときには、もう既に壊れている。

 青年の妄想の世界から物語は始まる。青年は妄想の世界ではアルゴンキン・ホテルのボーイをやっている12歳の少年である。巻頭の登場人物表にはきちんと現実世界とアルゴンキン・ホテルの登場人物が分けて書かれているけれど、この表がなかったら、この世界を理解するのにずいぶんと時間がかかるだろう。

 なんともサイコな青年は現実世界では丘の上の一軒家に世間から隔離された状態で母親と二人暮らし。これは暗黒小説というより、ぶっ飛びサイコ小説なのではないかとぼくの中に懐疑が広がってゆく。うーむ。

 しかし青年は現実といきなり接触を持ち始める。最初は妄想と現実との境界はわかりにくい。三人称で始まった小説のなかに、「犯罪日記」なる一人称の章が挿入され始める。これも妄想と現実とを往き来する。さらに女刑事の一人称の章が。こちらはどちらかと言えばコミックタッチで。噴き出したくなるような文章。大変にリズミカルだ。同居人のいかれ方も尋常じゃない。上司の刑事もいかれている。なんだろう、この世界は。

 物語が進むにつれ、母親も息子に負けず劣らず、電波を受けているみたいだということがわかってくる。まっとうな着地点のない浮遊感のある世界の話だということがわかる。団地を取り巻く荒野は荒んでいて、その大海を泳ぐイメージで主人公は車を走らせる。

 80年に出版された本なので、今では少し古臭い感じの当時のニュースを主人公は読む。世界は暴力に満ちあふれていて、権力は弱者を縦断で叩きのめしているように思える。引きこもりから解き放たれた青年は、妄想の世界の住人に代わって暴力を行使し始める。これほど壊れた小説世界でありながら、現実の世界の歴史と歩調を揃えていることがわかる。脳内世界と、空疎なリアル社会が溶け出して混じり合う。

 いかれた主人公はいかれた結末を迎える。言語の氾濫。斬新かつ前衛な表現。壊れた表現の彼方に風刺が見え、壊れた心のかけらが見えてくる。ストレートでピュアなゆえに世界とは犯罪という形でしか関れなかった青年の脳内探検の物語であるかもしれない。

 団地シリーズ4部作というものの一角であるらしい。地理も人物も少しずつ繋がっているらしい。ここまで真っ黒な世界を描けるヴォートラン。もっと読みたくなってきた。

(2003.02.13)
最終更新:2007年06月26日 23:05