ビッグ・ノーウェア





題名 ビッグ・ノーウェア 上/下
原題 The Big Nowhere (1988)
著者 ジェイムズ・エルロイ James Ellroy
訳者 二宮 馨
発行 文藝春秋 1993.11.25 初版
価格 各\2,200(本体各\2,136)

 『ブラック・ダリア』に続くロス暗黒史4部作の二作目。一作目があまりに濃密でしっかりしたプロットをどーんと描き切った大作であったために、これがきちんと四作も同じ水準で続くものかと心配になるほどの凄味のあるシリーズであるが、この心配をあっさりと霧散させてしまうだけのパワフルさを湛えたこれも凄まじい物語であった。

 うーん、この歓び・・・・好きな作家を見つけたときのこの歓びってなにものにも代えがたいものがあるんだけど、ぼくにとってはジェイムズ・クラムリィやマイクル・コナリィ以来のたまらない出会いであったかもしれない。ましてや三作目の邦訳がこの秋に出るなんていうとそれだけでわくわくものである。(コナリィも出るんだよなあ (^_^))

 さて、この作品は三人称複数形による描写なんだが、主に三人の男の視点で描かれる。最初は無関係に進む三人の男たちの個人的なドラマなのだが、上巻の終わり頃には、それぞれの独特の色を持った糸の先は一枚の錦絵と紡がれてゆく。この辺りの高揚感は、まさに読書の歓びなのであるなあ。ただプロットが合流させるってだけはない、何かこう似たような病気を心に抱え込んだ熱病患者みたいな三人の男が、ここでこんな風に出会ってしまっていいのかあ、との劇的なものが噴出してゆくのだ。

 ましてや、敵の変態度の物凄さ。ヘモグロビンの匂いを撒き散らしながら物語はハリウッドの夜を、陰惨に燃え上がらせてゆくんだから、読者の感情のピーク、ここに極まれりであるのだ。ううむ、褒めたたえてしまうなあ(-_-;) 

 そして思いもかけぬ「転」の章。なぜ? なぜ? の読者側の疑問の中で、作者はいとも簡単に我々を食ってしまうのだ。良い作品は人を食ったような作品であるというぼくの持論がここに来てどっと吹き出す。それほど感情を揺さぶられる自分が、罠にかかったように愚かに思えるが、そこにはやはりマゾっぽい読者的歓喜がしっかりあるのだから、これはもうこれでいいのだ。

 というわけで、とにかくこれはアメリカ警察小説の一つのエポックと言えるほどの野太い作品である。巨篇というのはこういう本のことを言うのだよ。だからこそ、今ごろこれを読んでいる自分が愚鈍に、本当に愚鈍に思えてなりませんでした。
最終更新:2007年06月20日 00:07