魔術師の夜





題名:魔術師の夜 上/下
原題:Shell Game (1999)
作者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2005.12.28 初刷
価格:各\800

 キャロル・オコンネルの作風はリアリティとはおよそ縁がない。むしろ現実世界から、どこまで遠くに飛ぶことができるかを、いつも実験しているように見えるところがある。

 二作前でいきなり姿をくらました現職刑事のマロリーは、前作では故郷で一つの町を文字通り壊滅に追い込み、今また本作で都市の元の部署に帰ってきている。公務員とは思えぬ自由奔放振りが羨ましいが、元ストリート・チルドレンであり、善悪の彼岸に立つというヒロインの魅力は、そもそもそこにある。

 これまでのどの作品も多くの点で、魔術・奇術・トリック・仕掛け・装置といったものに関わってきた本シリーズ、とりわけシリーズ二作目『アマンダの影』で、愛すべきチャールズ・バトラーに関連して語られたマックスとマラカイという二人の魔術師の話を本書では明らかにしてゆく、といったもの。シリーズ自体が、まるで壮大な仕掛けに満ちた装置そのものであるかのように。

 マロリーのシリーズは、また多くの時代にタイムマシンで移動をする。前作では故郷の母の殺人の犯人を暴いたマロリーは、本作でナチ占領下のパリ、レジスタンスの裏切り者を現代と言う時代に燻り出してゆく。

 殺人事件の向うに潜む魔術師たちの共通の秘密に込められた悪徳の栄に対し、喝采を贈りたくなるようなマロリーならではのスーパーな対抗策を見せてくれる。長い長いトンネルを抜け、一気に光のもとに躍り出るような爽快を味わえるのは、やはりこの小説が徹底したスーパーヒロイン、キャッシー・マロリーという美貌の天使の存在感の上で成り立っているからだろう。

 いつもながらのストーリー・テリング。シリーズならではの人物たちの心理のディテールと、それぞれの対立や愛憎による駆け引きの深さ。どこをとってもただものではないシリーズのエッセンスに溢れた、これは大作である。

(2006/09/17)
最終更新:2007年06月19日 23:22