天使の帰郷




題名:天使の帰郷
原題:Flight Of The Stone Angel (1997)
作者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2003.02.28 初刷
価格:\1,100



 新聞広告でこの本の出版を知った日、広告のよくある例に洩れず、作中のあるパラグラフが引用されていた。天使=マロリーを見つめる誰かが、彼女の帰還をじっと見つめる下りで、これがとてもインパクトに満ちていた。

 ぼくはその瞬間から、この本が女刑事マロリーのハードボイルド・シリーズであることを知り、一作目から順に読んでゆこうと誓った。この本の引用されていたあの一文に辿り着くために。

 FADVの過去の感想を振り返ると、ある一部の読者たちから熱狂的な賛辞を受けているシリーズであることを改めて認識した。まるで他の凡百の小説たちとはまるで別格のような扱いで、ある種の熱気とともに、このシリーズは読み継がれているようだった。そして読者を一旦掴んだら離さない。そういう魅力的なヒロインとは、どんな人間なのか、興味が湧いた。こうして、ぼくの追跡が始まった。

 一作目を改訳前の別翻訳で読み始めたところ、非常に難解で取っ付きが悪かった。それでも、最初のファンたちはこの抵抗のある日本語で書かれた一冊を読み切って、なおキャロル・オコンネルという作家を讃え合っていた。

 ぼくはもちろんすぐに新訳が出ていることを知り、すぐにより読みやすい日本語の翻訳文でこのシリーズを読み始めることにした。

 そうやって、やっとのこと、何年も空白の間さえ置きながら、この本に辿り着いた。そしてあの一文。あの一文でマロリーの帰還を雨の中で見つめていたのは、何と、人ではなく、老犬だったではないか。ぼくはこのシーンを求めてこのシリーズを読み進め、そして広告原稿を掲載した編集者に一杯食わされた思いがした。

 老犬は本書では大切な役割を与えられているけれど、マロリーと心の交流を試みるとか、事件を動かすとかそういった派手な存在ではない。マロリーの母と彼女自身をモデルにした故郷の天使像の足元に横たわる今にも死にそうな哀れな老犬以外の何者でもない。

 編集者が計算の元に掲載しただろうあの一文、一つのシーンで、キャロル・オコンネルに心を囚われた思い。それがこの本に辿り着いたぼくの感想だ。

 今回はまるで船戸与一の世界、西部劇の世界に似ている。都会が似合うヒロインであるマロリーが田舎町に帰ってきて、そこに次々とチャールズが、ライカーがやってくる。一人一人の距離がいつもに増して隔絶し、マロリーの昔を知る保安官が、事件の語り部となってゆく。

 独立した悪の都、カルト教団、過去の掘削を行いながらも極めて現代的なアクション・ムーヴィーの世界を現出するキャロル・マジック。硝煙と火薬のロング・エンディング。マロリーが自分を掴み出すための長く過酷な旅の終わりは、輝くばかりの炎の中で実演される大掛かりなショーかなにかのようだ。

 悪魔的世界を微熱の中で読んでゆく。本書はマロリー・シリーズの最高峰と呼ばれる作品。ここに辿り着くために、これまでのシリーズを通してマロリーと小出しに知り合いになってゆく忍耐もまた、振り返ってみれば悪くない。

 濃密な世界構築を果たし、その中で美しく通り過ぎ行く氷の天使を見事に彫り終えてみせた女流作家キャロル・オコンネル。その凄腕にこそ喝采を贈りたい。

(2006/09/17)
最終更新:2007年06月19日 23:21