死のオブジェ




題名:死のオブジェ
原題:Killing Critics (1996)
作者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2001.08.31 初刷
価格:\980



 本シリーズの最大の魅力は、もちろんヒロイン、マロリーの強烈な個性である。マイクル・コナリーのシリーズ・ヒーローであるハリー・ボッシュがなかなか自分の出自を明かさなかったように、マロリーもまた、その正体が掴みきれない。謎に満ちたマロリーの少女時代は、作品を重ねるごとに徐々にそのベールを剥がされてゆく。

 本書ではストリート・チルドレンとして拾われる以前のマロリーに関する記述がなされている。奇想に満ちた錯綜のプロットの担い手であるキャロル・オコンネルは、大仰な表現による意味深げな語り口で読者を釣り出そうとする傾向が顕著である。時には読者を苛立たせるほどにテンポを緩めたり、あるいは話の途中で場を大きく変えてしまい、読者の興味の視線を逸らしてほくそ笑む。

 そんな作家が、マロリーにおける過去の重要事実を語るに際しては、その種の大仰な表現を一切使わず、さらりと何気なしに描写し、その後何事もなかったかのように、物語の続きを進めてしまうのだ。そんなタッチすら憎いと思う。キャロル・オコンネルという天性のストーリー・テラーに対しては。

 さて、本書では、タイトルの通り、殺された陰惨な殺人現場がまるで芸術作品のオブジェのようであったという12年前の異常殺人をめぐるミステリーである。晩餐会で芸術家が殺害され、それがまるでオブジェのようであったことから、過去の事件に繋がるリンクの端緒をマロリーは掴みとり、じわじわと手繰り寄せる。

 謎に満ちたキャラクターの誰もが、犯人らしき気配を漂わせるが、その殊更の狂騒、複数人物の狂気の行動が、ストーリーとは何の関わりも持たぬようでありながら、遠い遠い伏線となるあたりが見事で、まさに惹きつけられる魅力満載の完成度なのだと言える。

 レギュラー・キャラクターであるチャールズ、ライカー、コフィーといったところも、シリーズらしくそれぞれの劇的なドラマに個人的にぶつかってゆく。氷のようにクールで超然としているようでいながら、しっかり彼らと関わり生きているマロリーの波動は、彼女の意思とは無関係に彼女を彼らには天使に見せてしまう。

 実は、この物語には衝撃のラスト・シーンが待っている。物語そのものの衝撃というよりも、シリーズにとってあまりにも突拍子もない行動をマロリーが取って終わるという意味で。

 もちろんこの作品はすぐに『天使の帰郷』に受け継がれる。そうでなければ許されないほどに衝撃的なラストであるわけだから。

(2006/07/17)
最終更新:2007年06月19日 23:20