アマンダの影 (『二つの影』改題)




題名:アマンダの影 (『二つの影』改題)
原題:The Man Who Lied To Women (1995)
作者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2001.06.29 初刷
価格:\920

 前作に続いて、本書も竹書房版を新訳で東京創元社が復刻させたもの。タイトルも『マロリーの神託』を『氷の天使』に、『二つの影』(1998年)を本書『アマンダの影』に改めた。前作で翻訳の読み難さゆえに、せっかくの個性豊かな本シリーズが読者に抵抗を感じさせていたのだが、務台夏子訳でこれらの作品は、すっかり人気シリーズとして定着し、読者を確実に魅了し続けていると聞く。

 そんな基礎情報を持ちながら、『氷の天使』以来、永いこと未読状態にあったシリーズ、今年新作が邦訳されたことをきっかけに、今度こそ読了してしまおうと、新作の間に間に一作一作読んで行くことにした。

 昨年末に同作者によるノン・シリーズの傑作『クリスマスに少女は還る』を読み、名作の名に恥じぬ忘れ難い感激を味わったばかりなのだが、本書も何とクリスマス・ミステリなのである。そんなことは、読み始めるまで全然知らなかった。『クリスマスに……』にの前年の出版になるから、キャロル・オコンネルは二年連続でクリスマス・ミステリを書いていたことになる。それもどちらも一筋縄ではゆかぬ、凝りに凝ったミステリを。

 本書は組織捜査から逸脱した魅力的な美人捜査官キャシー・マロリーをヒロインにしたシリーズであり、その骨子はリアルな犯罪捜査小説である。しかし、本書はその土台を踏まえながらも、超能力少年(?)や、魔術師マックス&マラカのエピソードを随所に登場させるなど、何となく二つのクリスマス・ミステリ作品に共通した幻想小説の香りを漂わせている。

 クールで、謎に満ちたマロリーの正体については、シリーズを通して徐々に明かになってゆくらしい。ストリート・チルドレンであったマロリーが、ある捜査官に拾われ、刑事捜査のノウハウを叩き込まれ、プロフェッショナルになったというマロリーの個性は、師弟という構図にしても、元ストリート・キッズという設定にしても、どことなくドン・ウィンズロウのニール・ケアリー・シリーズを想起させるものがある。

 しかし、ニールの方が明るい青年探偵であるのに比して、マロリーは非情の女刑事であり、しかも重大犯罪課に勤務する凄腕のエースである。20代半ばでありながら、ダーティ・ハリーのように捜査のインサイド・ワークを駆使し、コンピュータやネットワークを自在に操る。上司に阿ることなく、単独で犯罪者を追い詰めてゆく彼女は誰にも止められない存在として確立されている。無表情で美しく、捜査のためなら手段を選ばない孤高のヒロインなのである。

 そんなマロリーは、事件を取り巻く人間たちの棲家にいくつもの心理的爆薬を炸裂させ、いかがわしき上流階級の小世界を、瞬く間に焦土に変えてゆく。水面下に隠れていた人間たちの憎悪、欲望、屈折などを、徐々に丸裸にし、そんな捜査活動の中で犯人を燻り出してゆく。

 メイン・ストーリーであるアマンダ殺害事件の他に、超能力少年一家の不思議現象が語られる。怪異な語り口による、幻想感溢れる世界設定のなかで、二つのストーリーが交錯する時、その中心にいるマロリーとチャールズが最後に何を選択してゆくのか?

 人のいいパートナーであり、あくまで普通人であるはずのチャールズ・バトラーが、マロリーという震源に触れ、果たしてどんな究極の選択をしたのか。例によって終章の最後のパラグラフこそが、本作の見どころである。

 大口径による一弾の衝撃を思わせる、重厚感に満ちた娯楽小説シリーズの一篇だ。

(2006/06/11)
最終更新:2007年06月19日 23:27