ゼロの誘い




題名:ゼロの誘い
原題:Down In The Zero (1994)
作者:Andrew Vachss
訳者:佐々田雅子
発行:早川書房 1996.4.30 初版
価格:\1,900



 バークにもう一度会いたい読者でありながら、こういう形ではバークに再会したくなかった人って、実はけっこういっぱいいるんじゃないだろうか? そういう感じの、本当は終わって欲しかったシリーズの続編である。

 もっとも本当に終わって欲しかったのはシリーズの終止符と当時言われた『サクリファイス』ではなく、だれもがバークのエピローグと感じていた『ハード・キャンディ』であったろう。あれをもってバーク・シリーズの「ニューヨーク死闘編」は終了したとされている。だから『ブロッサム』と『サクリファイス』は、言わば外伝であったはずなのだ。

 作者はおそらく外伝だけにはしたくなかったゆえに、これまで多くを語られることがなかったバークの秘密を、この二作を通してつまびらかにしたのだった。それなりの衝撃は読者にもあった。しかし、やはりバークのシリーズのクライマックスは『ブルー・ベル』以外に有り得ない。

 『ハード・キャンディ』がこの投げ出されたままの傑作(=『ブルー・ベル』)を、エピローグのようにして巧くまとめたのだと思う。そこでぼくのほうはいったんバークを終えていた。

 そして『サクリファイス』でバークは本当に終わると言われた。そしてさらに三年後、バークはまた『サクリファイス』を引きずるようにして、帰ってきた。今ひとつ還ってきた感覚が薄いのは、ニューヨークからまたも離れて舞台がコネティカットの田舎に移動したせいだろうし、職業的な探偵となっているバークと、その仲間の、血の濃さ以上に、金やビジネスを感じさせる巧すぎる繋がり方のせいだろうとも思う。

 ヴァクスのエンターテイナーとしての方向性に『凶手』が光を与えたと言うのに、もとのシリーズに戻らねばならなかったこの結果、返す返すも残念なのは、この作品がつまらなかったからではないのだ。何とも惜しまれるさまざまなバーク・シリーズへのこちらの勝手な思いが、素直にヴァクスの今を肯こうという気持を、根底からどこかで妨げてしまうのである。

(1996/07/19)
最終更新:2007年06月19日 22:54